2023.05.16 期待が凄い

 大方の予想どおり〈セッちゃん〉は唐突にチームを辞めると言い出した。


 マメさんは別のサーバーへ移動すると約束したのに、俺やセッちゃんやチームメンバー全員をブロックして同じサーバーに残っていた。


『しかし、マメさんが同じ名前で同じチーム名の〈進化クロマニヨンズ〉を立ち上げるなんて意味がわからないな』


『ピータさんなら理由を知ってるかと思ったんですけど、謎ですか?』


 ネトゲの狩り場は集中しやすいのでチーム名表示機能や募集中の新規チームを検索する機能を使えば、マメさんがサーバーを移動しなかったことは直ぐに分かった。


 ブロックしていても狩り場でマッチングしたら目の前にいるのだ。すでにメンバーの何人かは同じ名前のチームが存在することに気付きはじめていた。


『マメさんは会議をひらく一週前には新チームを作っている。検索には引っ掛からないように前のチーム全員をブロックしてるんだ』


『本人なんですかね。ちょっとメリットが無いし、ほとんど関わりない元チームメンバーまでブロックするって、感じが悪くないですか。あの時点でみんなを騙していたなんて』


『本人確定だよ。IDに好きな豆の記載があったし、チーム作成のコメントに「作りなおし」って記載もあった。向こうはもうメンバーが40人以上になってるな』


『増えてるんですか、やる気満々ですね。そのチームメンバー全員がこっちのチームメンバー全員をブロックしてるんでしょうか?』


『フレンド登録と履歴がある元メンバーはブロックされてるみたいだな』


『部外者まで巻き込んで、仲間は簡単に作りなおしって、なんか理不尽すぎて傷つくレベルですね』

『一言一句、俺の台詞じゃないかよw』


 マメさんが脱退する前後にやめた連中は、俺の検索に引っ掛からない。つまりは俺やチームの仲間とは徹底して関わらないつもりらしい。


『セッちゃんは、あのストーカー〈マメさん〉が怖くて堪らないから、一刻もはやくチーム名を変えようって呼び掛けしてます。新チームならピータさん、戻っていいですよ』


『……考えておくわ』


 彼はあれからどのチームにも所属しておらず進化クロマニヨンズに潜入することまで提案してくれたが、そこまでは頼めないと思った。


 新しいチーム名はプロ姉さんが考えてくれた〈チョコレイトラック〉に決まる。第二回全体会議で正式に新チームを作った俺は、旧チームを合併する形をとった。


 新たな門出に問題はないと思っていた。だがはやくチームレベルを上げたい〈セッちゃん〉の呼び掛けに誰もが協力的ではなかった。


 他のブロックで再三同じようなクエストを消化しなければならなかった。急いでやるような危機感もないし、楽しめそうもない作業だ。


 つかの間の平和にセッちゃんは俺たちとあまり遊ばなくなっていく。ワイワイやる仲間をよそに、同じ消化クエストをコツコツとやっているように思えた。


 数日後、新チームに戻る約束をしていたはずの〈はるか〉からブロックされたという。


『私は何もしていないのに……』


『俺や他のメンバーもブロックされてる。マメさんと〈はるか〉はまだ繋がってたか』


 ほんの数日前に〈セッちゃん〉は〈はるか〉から武器装飾やコスチュームを貰ったと喜び、自慢気にはしゃいでいたのに。


 なんの説明もなくブロックするのは、かなり悪質だと感じた。中央都市で〈はるか〉や〈マメさん〉を見かけた俺はずっと二人を追いかけて、事情を聞こうとした。


 すべて無駄だった。向こうから見えていたとしてもチャットやパーティー申請は届かない。そして一週間がたつとセッちゃんはチームメンバー全員にメールをしたのだ。


『チームメンバーへ。みんなが嫌いになったわけでは決してないんです。以前から方向性の違いを感じていました。私は次のメンテでサーバーを移りますが、皆さんとの思い出は本当に素晴らしく楽しかったです。それまでは今までどおり、普通に接してくれると嬉しいです』


「……」何度か必死に止めてはみたが無駄だった。ジッドさんは泣いていたし、サティはまた全体会議で引き止めようと言った。


 俺はこれ以上は出来ないと思った。これ以上彼女を持ち上げて〈奪還作戦2〉をやってなんになるのか。


 辞めるのは『お前らには愛想が尽きて二度と会いたくないからだよ』と言われる可能性だってあるのだ。


「……」


 プロ姉さんがルームをつくり、また輪をつくるように何人かのメンバーが集まってきた。誰も何もいわない時間があった。


「……」


『誰か何か話してよ』とセッちゃん以外のメンバーに声かけするが、しばらく沈黙が続くだけだった。みなが俺に期待してるようだった。


「……みんな」


 俺を甘くみてる。みくびって貰ったら困るが、俺はメンバーが思うより何十、何百倍もの駄目人間で、少しの言葉で傷つく泣き虫でゴミ虫みたいなメンタルしか持ち合わせていない。


「セッちゃんと話たいだけなんだ」俺はキーボードを叩いた。「それだけ、それだけ必要としていて、愛されてるんだよ」











 




 


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