2023.05.02 謎は謎のまま
「6800円しか振り込まれてなかった」
「えっ、なんで?」
「授業を一コマやって1700円。4コマしかやってないからかな。授業をやるには前任者の授業みたり教材みてプリント準備したり、他の先生と打ち合わせしたりしなきゃだから、ノーギャラで。更に生徒から時間外で質問受けたりとかもノーギャラなんだって」
「詐欺じゃん、時給じゃなかったんか。拘束されてる時間は賃金が発生するんだよ、普通」
「今日は休みだけど塾長がバイト講師みんなに焼き肉ご馳走してくれるっていうから行くんだけど……ブラックかも」
「やだ怖い、どうすんの!?」
「仕方ないから行くけど」怒りを沈めるように少し間を置いていう。「回転寿司のほうも面接して、バイト掛け持ちしようと思う」
「ふたつなんて無理しないでね」
「ふたつとも、嫌ならやめるね」
生徒は中学生か高校生。他の教師はどんな感じかというと、あまり生徒に優しくはないらしい。怒ったり待たせたりは当たり前。
娘ちゃんは授業のプリントを作ったり予習をしたり、時給外の仕事の量に不満を抱いていたが、生徒からしたら無関係な話だ。
同じ授業料で当たり外れがあるのは、仕事として許されない。義務教育ではなくお金を払っって教わる時間。そこで怒ったり、待たせたりする無駄な時間を生徒にかしたくはない。
「なかなかウマい話はないね。時給にしたら賄いつきの回転寿司とどっちがいいのか分からないじゃないの」
「どっちみち塾講師はね、そんなに長く続けられる仕事か分からないよ。立ちっぱなしだし喋りっぱなしで、むちゃくちゃ疲れるから」
教職をとろうと考えていた娘ちゃんにはお金を払ってでも経験する価値があるといいたげな口振りだった。いつの間に、こんな逞しくなったのか。なってしまったのか。
以前のバイトなら泣きながら暴言を吐いて周りの家族みんなの雰囲気を最悪にし、バトミントン部は1日待たずに友を裏切り辞めた娘が。
「バイトなんだから気を使わないほうがいいよ。今までだって、そうしてきたでしょ」
「なんか違ういいかたないの?」
「今まで誰にも気をつかわず、遠慮も配慮もしないで我が儘放題、好き放題に生きてきて、高校生活は敵だらけだったんだから、急に無理しないでって。焼き肉は高いやつをいっぱい食べてきなよ」
「うん。最初のほうが良かったけど、わかった。今すぐ塾まで車で送って、終わったら連絡するから速攻で迎えにきてもいいよ」
「……そうこなくっちゃ(笑)」
世の中、分からないことだらけだ。オンラインゲームで全体会議予定日の早朝に俺はマメさんとチャットで話した。
もしセッちゃんがチームに戻ったら、快く迎えること。移動するサーバーはどこかという機密情報と、ピータや他のメンバーのこと。
俺は肝心なストーカー行為を、ずばり直接は聞けなかった。だが『会って直接、謝りたいという迷惑行為』のことだけを聞いた。
必ず追いかけて、本人と話したいなんて台詞は2023年ベストキモい賞に、いや症のほうが漢字はあってるかも。話によっては精神科を勧めるべき内容だから。
『直接謝りたいっていうのは分かるけど本人が会いたくないと言ったらどうするの?』
『それなら会う資格はないですね。またヒロさんにお願いが増えますけど、心から謝っていたって伝えてもらえると助かります』
『分かりました、必ず伝えます。まあ、女の子はぐいぐい行ったら逃げちゃうからね』
予想よりは素直な印象だった。会議での謝り方を説明することまで用意していたが、あっさり身を退いてくれるみたいだ。
謝り方メモその1。〈自分の罪を認めること。相手が怖がる威圧的な態度、恥ずべき行為をしていたと自覚してもらう〉
その2。〈同じことは繰り返さないと誓う。彼女と離れても別サーバーでまたやるなんてことは許されない。二度目はない〉
その3。〈誠心誠意、心から謝る。相手をしっかりと見て何度でも。ただしネトゲのストーカーには当てはまらない〉という落ちまで用意していたが、無用になったのは残念だ。
『すこし誤解があるようですけど、俺はグイグイなんて行ってませんよ』
『……は?』
『はるかさんと遊んでたのも、セッちゃんと距離を置くためです。チーム辞めたけど彼女はセッちゃんと仲良しでしたから、彼女の話が聞けるかと思って』
『辞めたメンバーと遊んでいたことにも、セッちゃんは腹をたてていたね』
『それは……そうですね。俺は辞めると決めていたとしても、チームに戻るべきじゃなかったかもしれません』
戻って新リーダーを指名しろよ。なんかセッちゃんまで信じられなくなって、次は俺がマメさんと同じ目にあいそうだ。
『ピータさんやチームを辞めた人には注意してください。メンバー募集はしばらくしないんでしたね。なら、余計なことですが』
もう少し詳しく聞くべきだった。辞めた連中の中に〈マメさん2〉と名乗る人間が存在し、チーム〈進化クロマニヨンズ〉がすでに同じチーム名で同じサーバーに実在していることを、俺はまだ知らなかった。
そしてマメさんの言葉は、俺をまた悩ませ後悔させる。もう一度しっかりと話すべきだったのはチームの連中ではなく、俺自身だったと。
『ほとんど最後のほうは会ってなくて、セッちゃん本人からは何も言ってくれなかったから、どう思われてるのか。ちゃんと会って謝りたかったんですけど……諦めます』
〈朝はタイムオーバーでした〉
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