2023.01.13 寝袋で寝るマン

「ベッドのうえで寝袋で寝るの?」


「寝袋のうえに布団もかけるけど、基本は寝袋で寝る。だから買って」


「なんでわざわざ寝袋で寝るの?」


「電気代の節約になるし埃もでないし、顔出しの部分を絞れば完全に現世から遮断できるから夢の世界にいけるじゃん」


「……」嫁さんは眉を潜めたが、布団をかえたいと言われるよりは安上がりなので渋々ではあったが、寝袋シュラフを買ってくれた。


「変じゃない?」

 

 全然変じゃないよ。そういうわけで、今年から高級羽毛布団よりきっと寝心地いいワークマンのフュージョン・ダウン・シュラフを使って寝ています(笑)


 安物の封筒型の寝袋は持っていたけれどマミー型のダウンシュラフは初めてです。最高に暖かいし、ちゃんとファスナーで汚れた現実世界から遮断されます。


 寝返りはあまりうたないから大丈夫です。王家の墓に眠るマミーの気分です。略して王バカマミーと馬鹿にする娘ちゃんにも、早速寝袋を体験してもらいました。


「……」


「どうよ、寝袋」


「もう暖かくなった」


「布団より育つのが速いよな」


「育つ……」何をいいたいかは分かるが、何を偉そうにいってるのかは分からないという表情だ。「まあ、わたしの冷たい布団を育てるのは電気毛布なんだけど」


「フェードインする前に電源パワーオンしなくちゃならないなんて滑稽だよね。その手間は要らなくなるよ」


「ファスナー締めるのとか手間な気がするけど……すごくいい。でも寝返りうてないよ」


「寝袋ごと寝返りうてばいいんじゃない。慣れれば大丈夫だよ、何事も」


「何事も? でもまあ肌触りがいいよね。私のも買って貰おうかな。家族がみんな死んで独り暮らしになったら寝袋で生きようか迷うわ」


「敷き布団は必要だと思うけど、寝袋だけで生きていけるよ。でも色んな布団で寝たらいいんじゃないの?」


 子供の頃の色んな布団の記憶。一番古いたぐいは母親の布団かもしれない。改築で一枚に一緒に寝て、身体が固まったことがあった。


 足や首が曲がらず、死ぬかと思った。頭を逆にして寝たら広いよといって、変な角度で寝ていると、真夜中に目がさめた。


 母親は居なくて目を擦った。ソロバンをはじく音がして居間を覗くと仕事をしていたのを思い出す。勤勉な母親からよく俺のような人間が産まれたものだ。


 幼少期。親父が膝をたてて、布団に山を作ってくれた。はじめての山登りだ。親父に抱きしめられて寝たこともある。屁が臭かった。


 辛いとき、悲しいとき優しく涙を拭いてくれた布団。夢の中で色々な世界を見せてくれて、俺に勇気と希望をくれた布団。


 結婚してからは嫁さんとずっと同じ部屋で寝ている。今年こそ布団を新調しようと決めてから10年はたっただろうか(笑)。


 ものぐさな人間は、なかなか布団を代えられない。新しく買っても捨てられないし、今度でいいやと引きのばしてしまうのだ。


 娘ちゃんが産まれ、川の字で寝た。親父のように布団でお山を作ってやるとセッセと登った。寝たまま足で高い高いをしたり、腹のうえで寝かせたりした。


 いつも布団が敷いてあった。

 (……畳めよ)


 息子ちゃんは俺の腕枕が好きだった。子供の頭は軽いから一晩中いけた。嫁さんの頭は二分位で腕の感覚が麻痺するから駄目だったが。


「いつも俺を優しく包み込むように癒してくれた布団、たくさんの思い出と、たくさんの喜びを与えてくれた布団。布団よ、ありがとう」


「まだまだお世話になるでしょ」嫁さんはいった。「なんならベランダで寝たら?」


「布団で死ぬか寝袋で死ぬか、難しい問題だ」


「やだよパパ、死に際にみとるときマミーの寝袋きてポッカリ顔出してるおっさん(笑)」


「そのまま燃やせるわね」


「ひっ、ひどい」


「「あははははは!!」」


 


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