2021.11.24 展示会にて
「売り場のほう、いかがですか?」
「いやぁ、うちの会社の企画が糞で……」
展示会で派遣販売員さんが、つい口にした事実は社長の逆鱗に触れた。その後も口の聞き方がなってないとか、人間性を疑うとか、会社を馬鹿にしているとか騒いでいた。
「お前はどう思ったんだ?」
笑いながら聞いてくるが、内心では怒りに震えている社長。この人は商品部の部長を兼任しているのでたちが悪い。自社の商品にケチがついたら気に食わないのだ。
「ビックリしましたよ。あれからすぐ売り場に行って注意しましたけど……色々、製品については意見があるみたいですので、そっちの報告書はデザイナーが回覧してます」
販売員のいってることは本当で、営業も販売員もセンスのない売れないものを一生懸命売ってるのが現実だ。
きっと、どこの会社もそうなんだろう。社内で無駄な会議してる時間があるなら、売り場を見てくればいいのに。他社が売れているのがよく分かるから。
「お前の担当販売員なんだから、同罪だからな……みたいなことを言われたよ」
「ふうん」と嫁さん。
実際、消化取引だから持高が多いとか回転率が悪いとか高くて良い商品を売れとか、ぶつくさ言われるのは俺なのだ。全部、俺だ。
「そういうわけでストレスで胃が痛いよ」
「煙草をやめたら?」
何で煙草をやめなきゃならない。芸能人やスポーツ選手なら仕事が楽しいだろうから煙草なんか必要ないだろう。
だが俺の仕事は売れない物を売りにいくうえ、口の減らない販売員やバイヤーをやる気にさせるっていう、つまらない仕事。肉体労働だってたっぷりある。煙草くらいは法律で保護すべきだ。
これほど現実逃避が必要な職業は他にないんだから、正当防衛が成り立たつはず。一応、販売員に社長を怒らせたことを伝えた。自覚がないから困るのだ。
『食後で油断してたんです。いきなり社長がくるなんて思わなかったから、悪いのは私です』
「はあ?」
そう言われたら何も言いようがない。人のことは責めるくせに、あっさり非を認めちゃうなんて、それは駄目だ。
悪いのが自分だっていうのは、ずいぶん昔に俺が考えた台詞だし、普及させたのも俺だ。使用を許可した覚えはない。おばさんだろうが、誰だろうが女性に言われたら困るのだ。
「本当のことを言ったんだから、悪くないでしょ。言わせたのはむしろ俺ですよ」
『分かりました。悪いのはあなたです(笑)』
「そらみろ、やったぜっ!!」
という訳で俺が悪いことにしてきた。愚痴を聞いている嫁さんは呆れた顔をしている。この美学はちょい、ややこしいからね。
他にも食事が喉を通らないからデザートは要らないとか(夕飯はちゃんと食べるし、食前に菓子も食う)、まったく眠れないから朝はやく目が覚めてしまうとか(七時間以上寝れない)、めまいがするから漢方を飲みたいとか(食前だから、いつも忘れる)、事態は深刻風だった。
「でも、それくらいの事で怒るなんて器が小さい社長ね、情けないわ。良かったじゃない、現場の本音が聞けて。それくらいで誰もクビにされないわよ」
「どうだろう……」情けないのと、器が小さいのは俺の専売特許のはずだ。使用料は貰っていない。
「俺ならクビにするけど(笑)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます