2021.07.01 ふたりのエース

「初戦で一点いれたのはすごく良かった」


「うちのチーム結構つよいかも」


「颯ちゃん、かっこよかったよ」


 息子のサッカーの試合を見に行った嫁さんは誇らしげだった。五試合のうち4つ勝てば県大会である。今まで見に行った試合は全部負けているので、うちのチームが強いわけはない。


「明日も応援行くから」嫁さんは息巻いてビデオカメラを出すように俺に指示した。「だって颯ちゃんが決めたんだよっ!」


「うそっ、エースじゃん」


「来ないでいいよ。だって来ちゃいけないんだよ、本当は」言葉はきつめに聞こえるが嬉しそうに笑う息子。


「来てる人いたよ、私の他にもいっぱい」


「だから駄目なんだってば」


 予想に反して第二、第三試合と勝ち上がる息子のチーム。我が家でトーナメント表を広げて赤い線を引っ張る日がくるとは。父は運動で活躍したことは一度もないぞ。


 第四試合は一対ゼロで負けてしまったが、まだまだ息子も嫁さんも諦めてはいない。何故なら次の試合相手は今日、十点取られて負けたらしいという情報が入ったからだ。弱いんじゃね? という都合のいい解釈。そっちの相手がめちゃ強いとは思わないらしい。


「明日も見に行くからね!」


「どんだけ休むんだよ、会社くびになったの?」


「いやいや、こんな時に仕事してられないでしょ。あなたもくればいいのに」


「……いや、忙しくて無理だよ。ごめん」


「ふうん、勝ったら超盛り上がるのにね」


 鼻息の荒い嫁さんの応援もむなしく、結果は延長二対一で負けてきた。嫁さんがそっとデジカメに写った颯ちゃんを見せた。整列しているチームで一番背の高い息子が際立って見える。


 堂々として誰にも負けていない体格と日に焼けて赤く輝いている素肌。涙でくしゃくしゃになった表情にドキッとする。


 泣いておる。


「あいつ……こんなに悔しそうに泣くのか」


「うん。家だとけろっとしてるのに、試合が終わったときは泣いてたんだね。写真で拡大するまで分からなかったよ」


「頑張ったんだな」


「うん。負けたけど頑張ってた」


 俺たちは息子の泣き顔写真には触れないでおこうと思った。まだ引退前に大会が一つ残っているそうで、終わりではないからだ。


 だが娘ちゃんにはデリカシーが無かったので全部ばらされた(笑)


「お前泣いてんじゃーんっ!!」


「……うるっさ」


 喧嘩か笑い話になってしまうと面白くて目が離せなくなるので慌てながら話題を替え回転寿司のバイトについて聞く俺だった。


「それよりバイト、今月で辞める予定だったよね。辞められなかったの?」


「それがさ」身をのりだし手をふり応える娘ちゃん。「偉いのが五人来て、次が入るまで頼むから辞めないでくれって言われたの」


「す、すごいじゃん」


「私の後にバイト五人入ってるのに何言ってんだって感じだよね」


「……なんで?」


「その五人は仕事が全然出来ないボンクラだから、全員やめても楓香だけは辞めないように説得して欲しいって皆が言ってるんだって」


「エースっ!」


 子供たちの、見事なエースっぷりに誇らしい気持ちである。でも二人は誰からも評価されないし、ヒーローにはなれないようだ。


 週末一日だけでいいから出て欲しいと頼まれた娘ちゃんは、はっきりと言った。学業に支障がでるので辞めたいですと。


 すると店長はこう言った。「週に一度の四~五時間で疎かになる学業なら、バイトしてもしなくても一緒だとは思わないか?」と。


「ぶっ!!」


 人にモノを頼む態度じゃないね(笑)。高校生バイトを舐めている本性がうっかり出ちゃってるのがウケる。


 それでも頼まれたら無下に断れないのが娘ちゃんなのだ。バイトを辞めたいのに辞められない娘ちゃんと、サッカーの試合に勝ちたくても勝てない息子くん。


 でも俺はそんな子供たちだからこそ誇りたい。思い通りにいかないことは当たり前だと知っていて受け入れている。


 これがどれだけ大切なことか知らない連中は多い。だれかに八つ当たりしない、ストレスを与えない、ストレスにしない。そういう強さはもっと評価されるべきだ。


 



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