2020.12.24 クリスマスプレゼント
マイドウラの機嫌が悪い。初めてのバイトが迫っているので情緒がツイストを踊っているのかと思った。
「高校が嫌すぎてメンタルがやばいわ。学校行きたくない、死にたい」
明日には終業式だというのに、その台詞。聞くと、毎朝待ち合わせをしている女子と気が合わないので、もう一緒に行きたくないらしい。
「その子と行かなきゃいいんでしょ。簡単じゃないの、遅刻しそうだから先に行ってと連絡すれば済むじゃん」
「寝坊ね、その手なら昨日も使った。もう理由が無くなるほど何回も先に行けって言ってる。私に構わず先にって」
「……」
波風をたたせないように人間関係を取り繕うのがストレスだそうだ。面白くもない低俗なJK連中の話には付き合いたくないそうだ。
男子が嫌いと言ったり、何度も告白されたことがあると自慢する友人たち。その裏、モテたい願望や人を蔑む言葉が飛び交う。
教師や家族に対する悪口。年配の人をバカにして世界の中心で生きているような態度。女子高生がそんな醜い生き物とは知らなかった。
それが、つい三日ほど前の出来事。クリスマスイブに楓ちゃんは駅前のケーキ屋で初めてのアルバイトをしていた。
夜の7時、会社帰りの俺は二十人位が並んでいる店を覗いた。屋外でケーキを仕分けしながら、ダンボールを潰している楓ちゃんを見つけた。
行列と塀。忙しそうで近くには行けないし、行ってはいけない状況。楓ちゃんは小さく手を振った。
携帯を指さして、電話しようかと合図すると、今度は大きく手を振った。お互いに思わずマスクごしに笑顔がこぼれたのが分かる。
サンタの帽子に赤いコートを着て、働く大人たちと一緒にうちの十六歳がいた。バイトは十二時半から九時と聞いている。
俺の家は今年、クリスマスをやらない。プレゼントは前の週に漫画の大量購入で終わりである。夫婦とも年末の残業を抱えて疲れきっていた。クリアランスが始まり、物流が止まるからだ。
八時半、予定よりだいぶ早い時間に楓ちゃんが帰ってきた。慌てながらも俺たちは優しく迎えて理由を聞いた。
「完売したから、帰っていいって」
「ほっ……う、上手くいったの、初バイト。やらかしてないの?」
「うん、楽しかった。ノーミスだし早くあがるけど時給も減らされないんだよ。いやぁ、寒いと思ったけど暑かったわ」
「おおお」
色んな仕事をしたらしい。声だしや仕分け、レジの入金やお客様の誘導、品だしとゴミ捨て、接客まで。
そこは忙しさの中に働く喜びがあったという。忙しさには嫌なことを忘れさせる力があった。それにクリスマスのケーキ、売る側も買う側もそこには暖かい温もりと笑顔があったのだ。初めて働くには最高の場所だったのだ。
長期募集もしてるから、来なよと言われたらしいが、断ったらしい。
色んなバイトがしたいとも言っていた。お寿司が好きだから回転寿司もやってみたいとか。楓ちゃんは、ほどよい疲れと充実感を得て高揚した顔で言った。
「パパの助言でさ、お客さんに言うようにしたんだけど、何だと思う? 他のバイトは言えてなかったよ」
「分かんない」
「いらっしゃいませ、お待たせして大変申し訳ありませんでした。またのご利用お待ちしています、ありがとうございました!!」
メリークリスマス。俺は物ではない大切なクリスマスプレゼントを貰った気がした。健やかに、晴れやかに、皆さんもよいクリスマスを。
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