第4話 トラウマはグルメな元カレ
「ふぅ……ご馳走様。」
「お粗末様でした。」
合掌する冴木先生に熱いお茶を出す。
先生、ほっぺたに米粒付いてます。
「ありがとう……あひゅっ!」
「あ、ごめんなさい。」
猫舌だったのか。
何か噂とイメージが違いすぎるんだが……そういえば冬でも冷たい紅茶ばかり飲んでるとか聞いたことがある気がする。
「ふーふー……すすっ…ふぅ…」
冷ましておそるおそる啜る姿が可愛い。
その後の安堵の笑顔でなお可愛い。
何度も思うけど、これ本当にあの冴木先生だよね?
「本当にありがとう、長谷川君。とっても美味しかったわ。」
「良かったです。余り物で申し訳ないですけど。」
明日の朝ごはんか弁当に入れる予定だったけど、その日に食べてもらえるならその方が良いもんね。
「あんなに美味しいものを食べられるなら余り物なんてどうでも良いわ。長谷川君、料理上手なのね。」
そこまで褒められると照れる。
「そんなに大したものじゃないですけど…慣れてるので。」
「謙遜する必要はないわ。本当に素晴らしいもの。……それに比べて私は。」
あぁ、落ち込んじゃった。
「せ、先生には他に取り柄がいっぱいあるじゃないですか。綺麗だし、可愛いし、頭良いし、優しいし。」
「そ、それはもう良いから。」
頬を赤らめて髪を指に絡める。
そんな仕草リアルにやるんだ。
可愛い。
「とにかく、料理ができないくらいでそこまで落ち込む必要ないですって。」
「……でも、男性は料理のできる女性が好きなのでしょう?」
え、そんなの気にしてるの?
「まぁ、そういう人は多いかもしれませんけど。先生くらい綺麗な方なら、別に料理ができないくらい大抵の男は気にしないんじゃないですか?」
ていうか料理=女性っていうのも古臭い価値観だし。
いまの時代、料理下手な女性がいてもそれほど過剰な反応はされなくなっている。
逆に料理上手な男も前ほど持て囃されなくなってるけどね。
「僕、料理が得意なんです。」なんて言うと、10年前は「え、凄い!料理男子じゃん!」なんて言われたのかもしれないが、いま言っても「へぇ、そうなんだ。いつも作ってるの?」くらいしか言われないだろう。
いまだに男尊女卑とか騒ぐ人もいるが、確実に変わっているところはあるんだ。
だから先生もそこまで気にする必要はないんじゃないかな。
「ーーーと、思うんです。」
それっぽい事を語ると、冴木先生は愕然とした表情をしていた。
「そ、そうなの……?」
「たぶん……僕の周りでも、女性は料理できなきゃ駄目とまで言う人はあまりいませんよ。料理上手な女性は良いよね、くらいは皆思うかもしれませんが。」
「そう、だったんだ。」
虚しいような嬉しいような安堵したような、そんな不思議な表情で呟いた。
「……何かあったんですか?」
踏み込んで良いのか迷ったが、嫌なら言わないだろうと考えた。
ここらへんの線引きを自分でできないのが、我ながら子どもだと思う。
「……高校生の頃、彼氏にお弁当を作ったの。」
先生は暫し躊躇った後、俯きながら語り出した。
「彼に作ってきて欲しいって頼まれて……母には反対されたけれど、どうしても彼の喜ぶ顔が見たくて、本やネット色々調べながら作ったの。」
お母さんには反対されたんだ。
冴木先生が料理下手なのを知ってたからだろうね。
「ご飯はベシャベシャで変な臭いがして、卵焼きは焦げたり生っぽかったりして殻まで入ってた。アスパラベーコンはアスパラに火が通ってなくて青臭いのにベーコンだけ何故か黒焦げでボロボロ。おまけに唐揚げは下味をつけるのを忘れるし揚げすぎでカチカチになった。」
う、うわぁ……
考えるだけで凄まじい。
「それでも一生懸命頑張ったのよ。初めての彼氏だったし、気合いと愛情を込めて作ったの。見た目も味も酷いという自覚はあったけれど、彼なら喜んでくれると思った。」
「そ、それで…?」
おそるおそる続きを促すと、冴木先生は自嘲するように儚く笑った。
「『人間の食べるものじゃない。』ですって。」
きっつ。
「こんなゲテモノを作る人とは一緒にいられない。絶対に料理上手だと思ったのに。もう近寄らないでくれ。……そんな事を言われたわ。」
「そんな!酷い!!」
あんまりな言い方だ。
何様だその男は。
「ありがとう…でも私が悪いのよ。あんな犬の餌にもならないようなものを作って、自己満足に浸っていた愚か者だもの。」
「そんな言い方ないですよ……」
僕だって誰かの為を思って頑張った末にそんな風に貶されたら泣いてしまってもおかしくない。
「その人は何でそこまで食にこだわりがあったんでしょう。」
「……彼のお父様が辛口な料理評論で有名な方で、彼自身昔から色々と教えられていたらしいわ。」
お、おう……それは相手が悪かったです。
「そういう人は特別かもしれませんけど、普通はそこまで言わないですから。」
「そう……そうだったのね。」
俯いていた先生が顔を上げる。
その表情は、悲しげなのに晴れやかな、不思議な表情だった。
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