学校ではクールな女教師が僕の前では可愛すぎる

豚骨ラーメン太郎

第1話 上から下着が降ってきた

「ただいま…」


9階建てマンションの8階。

自宅の扉を開けてそう言っても、返ってくる声はない。

一人暮らしなんだから当然だよね。


「はぁ…疲れた。」


独り身の高校生にしては広すぎる家の中を歩き、自室に入る。

スクールバッグを机の上に置いて、ブレザーを脱いでハンガーに掛けた。

そしてベッドに仰向けに寝転んだ。


「………着替えるか。」


シャツが皺だらけになる前に脱ごう。

ネクタイを解き、スラックスとシャツを脱ぐ。

ネクタイもスラックスをハンガーに掛け、シャツは洗濯機に放り込んだ。


ルームウェアにしているスウェットを着てスマホを見ると、時刻は17時過ぎ。

そろそろ夜ご飯を作ろうかな。


「何食べようかな。そうだ、昨日使った鶏肉が余ってたよね……甘酢炒めでも作ろうかな。」


一人暮らしをすると独り言が増えるとか聞くけど、本当にそうだよね。

去年から始めたけど、今でもふと寂しくなる時がある。


「はぁ……よし、作ろう。」


こんな事考えていても仕方ない。

僕は部屋を出てキッチンに向かった。






料理を作り終えた僕は、食べる前にシャワーを浴びた。

その後、料理を皿に盛って食卓に着くと、時刻は19時ちょっと前。

ちょうど良い時間だね。


「いただきます。」


テレビを見ながら黙々と食べていく。

今日のおかずは鶏肉と野菜の甘酢炒め、中華風卵スープ、そして春雨サラダ。

うん、我ながら良い味してる。


甘酢炒めと卵スープは多めに作ったから、余りは明日の弁当に入れよう。

それから明日は買い物して帰らないと。

週末の撮影の準備をしないとね。


「ごちそうさま。」


手早く皿を洗い、テレビを消す。

部屋に戻ろうとしたところで、ベランダから女性の声が聞こえた。

悲鳴というか、驚いたような声だ。

なんだろう。


「お隣さん?…いや、上の人かな?」


僕の家は803号室。

上の903号室はつい最近まで空き部屋だったのだが、2週間ほど前に入居したのだ。

挨拶に来たのは女性だったが、家族向けのマンションなのでおそらく一家で住んでいるのだとは思う。

その挨拶の時も諸事情あって慌てていたから、上に住んでいるのがどんな人なのかは、よくわかっていない。


「何かあったのかな……」


もしかして何かがベランダから落ちちゃったんじゃ……

気になった僕はカーテンと窓を開け、ベランダに出た。

すると、うちのベランダに見慣れないものが1つ。



「ん?………っ!こ、これは!?」


なんとそれは神聖なる御下着様ブラジャーであった。

やや薄い青色の大人なデザイン。

しかも……大きい。

思わず生唾を飲み、タグを見る。


「F……だとっ!?」


なんという戦闘力だ。

しかもアンダーの数値を見るに細身巨乳体型。


「くっ……」


ブラジャーを持つ手が震える。

これを…どうすべきか。

おそらくこれは上階の人のものだ。

隣や斜め上から入ってきたとは考えにくい。


貰って良いのか…いやいやいや、駄目に決まってるでしょ。

ならば返すか?この宝物を?

そんな事…そんな事できない!

……いや待てよ、これの持ち主が若人であるとなぜ言える?

もしかしたらスタイルが良いだけのマダムかもしれない………萎えた。


「うん、やっぱり人の物を盗るのは良くない。返してあげよう。」


人間って、出すもの出さなくても賢者になれるんだね。

ガンジーの如き優しい微笑みを浮かべた僕の耳に、我が家のインターホンの音が聞こえた。






扉を開けると、1人の女性がいた。

かなり慌てていたんだろう、モコモコの寝巻き姿で息荒く立っている。

僕が出た瞬間、女性は口を開いた。


「あ、あの!私903号室の者ですけど!そ、その、下着を落としてしまいまして、ベランダに、あの……」


「落ち着いて下さい。持ってきますから、少々お待ち下さいね。」


「あ、は、はい!ありがとうございます!」


安堵して弾けるような笑顔になる女性に背を向け、1度扉を閉めた。

そしてリビングの机に置いていたブラジャーを手に取る。

その手はフルフルと震えていた。


「くっ、くぅぅ………めちゃくちゃ美人じゃないかぁ!!」


持ち主はかなりの美人さんであった。

何故僕は「下着?知りませんよ。」と言えなかったのか。

そうすれば…そうすれば…!!


「ぐぬぬぅ………はぁ、落ち着こう。」


あまり時間をかけても怪しまれる。

これはもう諦めよう。

触れただけでも良しとしなければ、バチが当たる。

でも…これくらい、許して下さい。


「…すっ……ふぅ……」


ブラジャーに鼻を近づける。

柔軟剤の良い香りがした。

そして強烈な自己嫌悪に陥る。


「僕ってやつは……何をしてるんだよ。」


トボトボと歩き始めた。






「はい、こちらでお間違いないですか?」


「あっ、これです!良かったぁ…」


ブラジャーを受け取り、心底嬉しそうにする女性。

ついさっき嗅いだブラジャーを胸に抱く様を見ていると、僕の中の"男"が騒ぎ出したが、それを抑制する。

こんな事で興奮するな、僕は変態か。


「本当にありがとうございました。ご迷惑おかけしてすみません。」


「どういたしまして。気にしないで下さい。」


「はい、ありがとうございます。それでは失礼します。」


「あ、はい。」


名残惜しそうにするのも変だよね、と思い扉を閉めようとする。

でも最後にちょっとだけ、この美人さんのお顔を拝んでおこう。

あのブラジャーの手触りと香り、それと一緒に記憶する為に。


「………んぅ?」


「…?あの、どうかしましたか?」


僕が扉を閉めてから去ろうと考えていたのであろう女性が、僕の反応に首を傾げる。

でも僕はそれどころではなかった。




夜風に揺れるどこか青みがかった長い黒髪。

ややつり上がった眦に澄んだ瞳。

シミ1つない白魚のような肌。

モコモコの寝巻きから覗くほっそりとした首筋。

やや高めの身長と長い脚。

透明感のある綺麗な声。

僕はこの女性を知っている。




「……冴木先生?」


「………えっ?」

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