伍場 九
野花が咲き乱れていた。何という名前の花だろうか?白い可憐な小さな花をつける草花が咲きみだれ、月光に照らされて輝いている。草花が咲き乱れる草原の中央に吉右衛門と黒ずくめの男が対峙いている。
代表……一番強い奴。草原の中央に立つ黒ずくめは団長だという。
「参る」
団長が呟く。
「ああ、いいよ」
吉右衛門も半笑いを無くし、悪鬼の如き眼差しで向き合う。
二人がゆっくりと太刀を抜いた。
月光を反射して鈍く光る団長の太刀。
吉右衛門が脇構えを取る。
「その構えは……」
団長が呟いた。
それを聞き洩らさなかった吉右衛門が
「わかるかね? 天心神刀流」
「承知しております。人を殺めるのみを追求し一撃で敵を葬り去る剛の剣。出来れば戦いたくないお相手です。でわっ!」
団長が一気に間合いを詰め鋭い突きを吉右衛門の喉元に入れてくる。
吉右衛門は自ら団長の太刀に突っ込んで行き、間合いを変える。団長も常人なら攻撃に入る瞬間の縮んだ筋肉で目測を変える事は後れを取るものなのだが、それを難なく切り返し、そのまま吉右衛門の首を斬りに掛かった。
左に避ける吉右衛門は太刀でその一撃を刀と共に突っ込んできた団長の勢いを止めると雄たけびを上げて、力技で団長の身体を飛ばした。
斜め後方に飛ばされた団長は身体を回転させ勢いを制し、瞬時に吉右衛門めがけ再度、飛び掛かる。連続で激しく何度も斬りこむ団長。それを全て刀身で受け流す吉右衛門。二人の剣裁きは常人には追えない速度だ。
一閃、上段から振り下ろす団長。それを後方に飛ぶことで吉右衛門はかわす。
団長が突っ込んできた---
消えた……
吉右衛門の直ぐそば、間合いどころではない。刹那、拳をたたきつけてくる。それを咄嗟に両手でとらえるとそのまま、投げ飛ばす。投げとばされた団長は、回転しながら勢いを制しそのまま消えると、再び現れた時には短刀に持ち替え、目の前に現れ吉右衛門の顔めがけ一撃を加える---
吉右衛門は寸前でかわし側面に転がるようにかわしたが、皮一枚……犠牲にした。
左の頬から血が流れている。
「さすがお強いですな」
団長の表情は覆面でわからないが声色には殺気は無い。むしろ団長にとってここまでやり合える人物に出会えたことが嬉しいのだ。
「そうかい? あんたも強い方だな」
先ほど団長の拳を受けた際、投げ捨てた太刀を拾い上げた。
吉右衛門も今までならこの先の展開を見込むことが出来なかったはずだ。それほどに影の軍団団長を名乗る目の前の黒づくめは強かった。しかし……
団長は刀身を隠した脇構えを取っている。吉右衛門が斬りこめば一気に決めるつもりだ。
「団長どうする? 俺の本気を見て逝くか?」
「もちろんですとも」
「俺はやり合った奴は必ず殺す主義なんだ。だがな、あんた、俺の力を見て力量を計れ、それで納得しろ。相手が悪かったとな。あんたには死ぬ理由が無い。今回だけは無かった事にしてやる」
団長は既に影の軍団を下がらせている。吉右衛門も九郎と霞を下がらせている。
吉右衛門は殺さないで済む相手はなるべくそうしたいと常に思っている。今回はそれが出来る様に他の奴らを下がらせる事を対戦の条件として入れていた。
吉右衛門が八相に構え団長に正対すると……
青銀色に吉右衛門が発光し---
動いた!!
はずだ。
団長には見えなかった---
顔の目の前に吉右衛門がいた。
たまらず太刀を振り下ろすと吉右衛門は後ろに飛びながら振り下ろされる太刀の刀身を横から払った。
青銀色の光が団長には見えた---
団長の太刀は柄を残し消滅していた。その先端はかすかに赤みを帯びている。刀で力ずくで折られたと言うよりも溶断されたかのようだ。
「どうだ? これであきらめてくれるかな?」
「……これほどまでとは……大滝様、体裁き、剣裁き全てにおいて別の高みにおられること理解いたしました。私では、いや、我々軍団ではとてもかないません」
団長は黒頭巾を外し
「私、霧谷甲重郎 でございます。以降、お見知り置きを」
「ああ、こちらこそ頼むぞ。甲重郎」
二人は今後、長い付き合いになっていくのだが、今は、この瞬間は、それをお互い知る由もない。
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いつも読んでいただいてありがとうございます。
次回から陸場開始となりますが、開始までしばらくお時間を頂きたく……
大変申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。
再開時期は4月上旬を予定しております。
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