弐場 一

「なんや、あんたら泥だらけやなぁ。ほんま男の子はいくつになってもこんななんか?」


静華が屋敷の玄関で二人を見てため息をついている。


「身体の泥は外の井戸で落としてくれはる?それと、着物は明日自分で洗いぃ。」


着替えた二人を靜華が笑顔で手招きして客間へと導いている。


「どこ行ってはった? 二人ともお酒のみに行く言わはったよなぁ? そやけど酒臭くありまへんなぁ?」


座敷の奥で吉右衛門と弁慶が二人で座っているところに靜華が笑みを浮かべて質問している。


「女か?」


鋭く視線を送る靜華に吉右衛門は視線を合わせないようにしている。


「いや? 女で泥だらけはおかしいなぁ。う~ん。おかしいぃなぁ。弁慶? あんたウチには嘘つかへんよね?」


「え? は、はい。」


「なんや、歯切れが悪いなぁ。……弁~慶。怒らんから正直に言うぅてみいぃ。」


靜華が鬼の形相で弁慶の顔の前に顔を持ってきている。隣で見ていた吉右衛門は


「靜華。違うんだ。そこの神社で相撲を取っててね。」


「ウチは童か! そんな言い訳通じるとでも思ってはるのんか!!」


吉右衛門を一喝する。


「弁慶、ウチは今なら怒らんよ。正直に言うてぇな。な。」


うって変わって良い笑顔だ。背なかにそっと手を置いて。靜華渾身の造り笑顔で弁慶を篭絡するつもりだ。


『靜華様、顔が顔が近いです。あぁ見目麗しい……良いにほひ……』


『まずい! 弁慶が落ちる』


危機感を募らせた。吉右衛門。


『弁慶! 靜華を見るな!』


心で叫ぶ吉右衛門を隣に座る靜華越しに見ている弁慶の表情が……


『あいつ、昇天している……』


白目をむいて気絶していた。


靜華の顔が近すぎて弁慶の靜華耐性を超えていたらしい。


『死んで秘密を守ったか……』


合掌する吉右衛門。




弁慶が寝泊まりするように開けた部屋へ二人で担いで布団に転がした。


「死んで秘密を守るとはえらい忠犬であらしますのやなぁ」


靜華が嫌味をこめて吉右衛門に言っている。弁慶を見つめていた吉右衛門が深呼吸して靜華をまっすぐ見ている。


「靜華、ちょっと話があるんだ。いいか?」


「お? やっとこさ話す気にならはったん? ええわ、聞いたげるわ」


靜華が吉右衛門の腕を取って奥の部屋に戻って行った。


「靜華。降天の巫女は今お前だけなのか?」


「ウチは巫女廃業したから誰もおらんよ」


「それは確かか?」


「確かや」


「そうか……」


「どうしたん?」


「……お前と同じ様な技で殺されかけた……」


「どんなん。詳しく言うてみなはれ」


「どこから話すか……最初は笛の音が聞こえてきた。靜華だと思っていた。そのうちに笛が止んで。女が俺たちの前に現れたんだ。その女は何か歌か呪詛の様なものを唱えていて、その女が金色に輝いた瞬間、どでかい雷の直撃を喰らった。幸い。生きているがね」


「呪詛な……ウチらの術を力に変えるのは何でもええのや。ウチは笛、これも最悪無くても何とかなる。要はきっかけ造りなだけや。問題は術そのものなんや。雷か……雷の攻撃を得意にしていた巫女はおったよ……ウチの妹や」


「妹ってこの間、常世に返してあげたんじゃないのか?」


「そうやな。そんは間違いあらへんよ。ウチがやったんやからな」


「じゃぁ、あれは一体……」


考え込む吉右衛門に怪訝そうな瞳の静華が、急かす様に質問を浴びせる。


「どこで会ったんや?」


「ああ、それはなぁ……」


吉右衛門の考えは如何に自分に不利な情報を出さずに静華に今までのあらましを説明するかである。そのバランスに頭を使いすぎて全体の会話に歯切れが悪く、静華の吉右衛門の説明への不信感が募る状況になっている。


「なんや? 言えへんのんか?」


「今、弁慶と二人でやってる仕事でな。依頼主から秘密で頼まれてるんだよ」


「ん? それが何の関係があるんや?」


「あ、あぁ。そうだな。その頼まれている仕事の偵察に行ったらその女に会ったんだよ」


「なるほどな。それで、何でウチに秘密にする必要があるん?」


「依頼主がね」


「隠し事はあんたの為にならんよ。なら、わかったわ。明日、ウチが一緒についてったるわ」


「ええと、そう? おおきに」


吉右衛門が作り笑顔で答えて靜華の顔をみると靜華は深く考え事をしている様だった。

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