壱場 三
「大滝様、お願いしたい事がございます。」
「!」
吉右衛門が美郷を抱く右肩辺りに男の顔があり、こちらに話しかけてきた。吉右衛門はとっくの昔に太刀を外して放り投げ部屋の端に転がっていて、とても戦える状態には無い。一方、目の前の男は立ち膝でこちらを見据え腰には太刀が見えている。
「お、おぅ。何用だ。話を聞こうではないか」
そう言うと吉右衛門は美郷を離し男との間合いを取る。美郷は単衣の襟と袴の紐を直している。
「大滝様の腕を見込んでお願いしたいことがございます」
男は畳に頭をつけて平伏している。
「い、いや、そんな堅苦しい挨拶は抜きだ。頭を上げろ」
と言いながら吉右衛門は足首にあった小袴を腰に戻して着けなおしている。
「私は鎌田政光と申します。実は、私どもの殿がある者たちにとらわれていて、そこから救い出して欲しいのです。問題はその者たちがやたらと手練れが多くこちらの手勢では歯が立たない事です」
向き合い話し始めた鎌田は三十半ばの様に見える。眉の間に深い縦じわが刻まれて左目の横に10cmほどの刀傷が目立つ。視線を下に移すと首の太さがまず目に入った。首が載る体躯は胸板が厚く手足も太い筋肉質で戦闘により鍛え上げられた身体であると主張している。
腰の太刀は飾りではない。
吉右衛門が相手の値踏みを終え話を受け取った。
「ほう? それで?」
「大滝様の京での御高名を伺い是非にともお願いしたいと」
「それならば、何もこのような手の込んだことをしなくても」
「おっしゃる通りでございますが、我らの殿をお救いする事を途中で投げ捨てられては困るのでこのような真似事を……大滝様は天下無双、しかしながら奥方様にだけは叶わぬと聞き申した。今夜の事、奥方様が知ったらなんといたしましょうや?」
「脅すという事か?」
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