壱場 二

 吉右衛門は部屋の端でお辞儀をしている。


「藤原顕季ですよね? お好きなの?」


美郷が伏し目がちに吉右衛門に問えば、


「? え? あ! ああ。えええ、そうです。そうです。顕季ですよね。私、不調法ですので歌は作れませんが、読むことは得意でして、えぇと。その、今の、そう! 今の私の気持ちそのものでございます」


歌集を買いあさって適当に詰め込んだ知識だ。誰の歌かも正直わからない吉右衛門が話を合わせることだけを主眼に返しをして、本音では”しまった”の一言も出そうなところではあったが、


「まぁ。」


美郷は頬を赤くして俯いた。

安堵した吉右衛門は、ぼろが出ないうちにと……


「でわ……美郷様、いざ……」


美郷のそばににじり寄り、肩を抱きしめた。


「まぁ。せっかちさんなのですね」


せっかちさんはそのまま美郷のぽってりした唇を奪い、流れるように首筋にはわせる。


「んんっ……あっ……あ~」


美郷の切ない吐息が行燈で照らされる部屋に響き渡った……


「……美郷様……それでは、参ります……」


吉右衛門は上気する三郷を頃合いとばかりに見定め、本願成就の態勢に導こうとしている。


「お待ち……に……なって…く……ださい。んっん……あっ……吉右衛門様……お…話しが……」


上気した美郷が荒い息を整えるように時折言葉に詰まりながら話かけてくる。


「話しですか? 後でよろしいでしょ」


吉右衛門が焦れながら言うと、隣の男が


「大滝様、お願いしたい事がございます」


「!」

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