肆場 中
「開門!! こちらの屋敷は大滝殿の屋敷で間違いはないだろうか?」
門の前で大男がこちらに向かって大声を張り上げている。大男は胴に鎧をつけ背中には矢束を背負っている。そのまた、後ろには騎乗で大鎧を着た武者が一人。そして、その武者を取り囲むように四名ほどの武装した従者が周囲を固める。
吉右衛門が門の前で大声を上げている男に気付いたのはそれから間もなくで、はじめは通りで喧嘩でもしているのかぐらいで意識を遠く先日の夜の事を思い出していた。
「吉右衛門。あんたのこと呼んではるよ」
靜華が庭の方から吉衛門に呼び掛けている。その辺りで吉右衛門の意識は目の前の事が理解できるようになってくる。
「何奴だ?」
一人呟くように半身伏せていた吉右衛門はやれやれと床から出て玄関を抜けて門までゆっくりと歩み出た。
この屋敷は、落ちぶれたとはいえ一応、吉右衛門が主人の貴族の館であった。それなりの広さの庭と屋敷で構成されているのではあるが、庭の手入れや屋敷の手入れなどに掛ける時間も人出もなく、使用人さえ全て暇を出して、ここには吉衛門と靜華のみが住んでいる状態だ。
「俺が大滝吉右衛門だが何用だ」
門の前で大声を上げていた男に吉右衛門は眠そうに頭を掻きながら名乗り出た。
「この方は、北面武士団検非違使の平実篤様だ。大滝殿に長官が話がある。我らに御同道願えるか?」
大男が吉右衛門を見ると名乗りを上げ用向きを伝えてきた。
隣で見ていた靜華が、
「馬から降りろ! おんたら如きが馬上からお声がけ出来はる方ではあらへんのや! 田舎武士が礼を知れ!!」
「黙れ!! 下女!! 控えろ!!」
大男が靜華に怒声を浴びせる。
「悪いが、この者は私の下女ではない。私の背中を預けている妻であり相棒で、私と同格だと心得よ。さらに言えば、この者が言う事は正論であり、北面武士団の検非違使ごときが馬上から物を言っていい相手ではないと思い知らせねばならいか? 非礼を働いたという事で、この場で切り伏せても構わないが……
……それが望みでないなら、まず靜華に詫びていただこう。それから、ご用の向きに関して話をお聞かせ願おうか?」
吉右衛門は実篤を見上げ微動だにしない。靜華は後ろから吉右衛門の太刀を差し出していつでも抜けるような状況にある。周囲の男達は既に弓をつがえていた。
『靜華。攻撃して来るようなら全員止めろ。そのまま殺す』
騎乗の実篤はすっと馬から降りると供回りに手で合図をして弓を収めさせ前に歩み出た。
「知らぬとは申せ大変失礼をした。この通り非礼をお許し願いたい」
実篤は靜華に頭を下げた。
馬上から降りた実篤は意外なほど長身であるが細身で武士としてはいささか頼りない印象を身体つきからは感じるが、物腰の柔らかさからは思慮が浅いような簡単な人間には思えなかった。まだ、表情にあどけなさが残る若武者だ。
逆に頭を下げられた靜華が大きな瞳をさらに大きくして驚いている。
靜華が驚き顔で吉右衛門を見ると
「こちらこそ、謝罪有難く頂く」
と言って吉右衛門は深く一礼した。
「それで、何用だ?」
吉右衛門が改めて実篤を見つめ用件を問いただす。
「内容については北面詰め所迄御同道願いたい。そこで、詳しい話があるので」
実篤がそう言って吉右衛門を見ている。吉江衛門は実篤の表情を見てから靜華に視線を移すと首を横に数回振った。どうやら、実篤はこれ以上の事情を知らないらしい。
「よろしい、伺うとするか。支度をするのでしばし待たれよ」
そう言うと二人は実篤たちを門の前で待たせたまま屋敷へと戻って行った。
「吉右衛門どないな事や?」
「北面武士って言ったら法皇の一派だ。そいつらがなぜ、わざわざ俺たちのところに……恐らく面倒事だろうな。
「待たせたな。参ろうか」
吉右衛門が門前の実篤の前に再び現れたのはそれから三十分ほどしてからだ。直垂姿に装束を変えてきた。
「おはようおかえり!」
靜華がわざとらしく吉右衛門に手を振っている。
吉右衛門の屋敷から北面武士団詰め所までは3km程である。徒歩の吉右衛門に合わせて実篤が馬から降りて一緒に歩いている。
『ほう。どうした事だ?』
「吉右衛門殿のご高名は私共にも聞き及んでおります。剣の技は人外の強さだとか。それと、魑魅魍魎を日夜退治して京の街を歩いているとか。。。本日はお目見え出来て光栄でございます」
「ふっ。私は何もふらふら魑魅魍魎を求めて京の街などさまよってはおりませんよ。たまたまあいつらがいるところがそんなところで、そいつらを倒す力が私にあったまで。それに、これは私の生業です。タダでやっているわけでは無いので褒められる話ではない。承知おきください。本業は先ほどの通り、落ちぶれ貴族でそれでは立ちいかないので陰陽師のまねごとをしているまで」
「陰陽師とは……あの者どもはまがいものが多くて怪しい手合いばかりです。それと一緒にする必要はありますまい」と言って笑っていた。
「こちらでお待ちください」
詰め所の奥の間に通されしばらくすぎると甲冑を外した実篤ともう一人の男が現れた。
「吉右衛門殿、わざわざお呼び立てして申し訳なかった。私は検非違使長官の平幹篤だ。早速、本題に入ろうと思うのだがよろしいかな?」
隣にいる実篤と名前が似ていることから血縁なのだろう。もしかすると、親子なのか。実篤とは真逆の感じを受ける。体格が良く腕や足が太い。日焼けして声もでかい。話したところに二心持ちの様な感じは受けないがやはり長官を名乗るぐらいだ。出世術に長けた奴なのだろうと斜めから見る癖のついている吉右衛門がは思わずにはいられなかった。
「用向きというのは実は先日、七条の屋敷で三十人もの者たちが何者かに斬られる事件がおきた。」
「ほう」
「その者たちが斬り殺された後、屋敷の中で魑魅魍魎の類がうごめいていると噂されておって、もしもそんな事があったのでは京の街中が大変な事になると恐れているものも多いのだ。それで」
「それで、私達に何とかしろとそういう事ですか」
「まぁ、そういう事だ」
「私たちは金さえもらえばやるが。そもそも、その犯人は見つかったのか?」
「それが、全く見当がつかない状態で」
「実篤、余計な話だ」
実篤が割って入ったところを制止された。
「ほう。検非違使様でも犯人が分からないとはな。」
吉右衛門がにやけ顔で二人を見ていた。
屋敷に戻った吉右衛門が靜華に詰め所での話を説明すると靜華の中の疑問を逆にぶつけてきた。
「平家に寝返った源氏の郎党が館中皆殺しにあった。その皆殺しにあった奴らは、あんたとウチをさらって殺そうとしてた奴らの親玉やった。ほんで、平家と対立を深めている法皇一派がわざわざ、いはるかわからへんお化け退治をウチらに依頼してきた? これって全部偶然なん?」
「靜華、こじつけるのは良くない。たまたまかもしれん」
「ほんまかぁ~。それに、北面武士団の奴ら斬殺事件の犯人を知ってそうじゃあらしまへんか?」
「いや、実篤の方は知らなさそうだった。後から出てきた、あいつはどうだろうな……知っているとしたら、あいつの方だが」
「ほな、その幹篤とか言う奴を調べてからの方がええな」
「まあ。そっちは後からでいいだろう。まずはお化け退治で金をいただくのが先だ。こっちは明日の食い扶持に困っている有様だからな。早速、今夜いく事になった。出来るか?」
「ええよ」
”支度してくるわぁ”と言いながら静華が席を立っていった。
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