魔法少女の変身時間を稼げ!
未来紙 ユウ
1『時間稼ぎ隊への転属』
「――変身完了。これより第13地区に出現した多数ベータの殲滅を開始します」
遅れて後方から駆けつけた武装した男を置き去りに、とても戦場に似つかわしくない漆黒と藍色のゴスロリ衣装を身に纏う少女が地面を蹴る。その反動で大地が揺れ、少女のいた位置にはクレーターができていた。
置いてきぼりにされた男はポカンと口を開け、まるで空を舞っているかのように異形の怪物を一人で殲滅していく少女を眺める。
少女の姿はとても可憐で、その無駄のない美しい踊りに魅せられた者は、たとえ軍人でもここが戦場だと忘れてしまう。
戦場に自分の存在価値を見失った者は、ただただこの光景を特等席で鑑賞する。殺伐とした廃墟と怪物、そこにゴスロリ衣装を着た美少女というミスマッチ。
その芸術は軍人の誇りさえ忘れさせ、手の届かない作品を遠目から理解もせず見続けさせるのだ。
廃墟と化した一帯を怪物の体内から出た緑色の液体で彩り、それを描いた美少女は重力を無視した低速で地に降りる。
一応は同じ任務を任された男を視界に入れ、ただ認識はせず、変身を解いて制服姿となった少女は無線機の向こう側へ呟く。
「今度こそわかって頂けましたか? 私に足手まといは不要だと」
『――――』
すっかり魅入ってしまっている男に少女の言葉は聞こえず、少女の耳に付けられた無線機は茶を濁すような言葉を拾った。
――2020年7月24日。
東京で開催されたオリンピックに引き寄せられたのか、会場の上空から一匹の謎の生命体が降り落ちた。
シロナガスクジラの比ではない巨体と、タコのような八本の図太い触手を兼ね備え、頭部はクラゲに似た地球外生命体。
それが、絶望の始まりだった。
レスノアと名付けられたその生物――否、その生物
人類も最初は抵抗して、核を始めとした兵器を惜しみなく導入した。が、レスノアの身を包む障壁は核を撃ち込んでもなお破れず、人類は滅びの一途を辿るしかない。
そう、誰もが思っていた。
まだ希望は残されていたのだ。
レスノア出現と同時刻、世界各地にいる不特定多数の少女たちが光り輝くという摩訶不思議な現象が確認される。
少女たちはまるで示し合わせたかのようにレスノアの前に現れ、着飾る衣服をコスプレとしか思えない派手な衣装に変身した。
レスノアに立ち向かう少女たちの華奢な腕から、物理法則を無視した超常の力が放たれる。その力は核さえ無効化するレスノアの障壁を打ち破り、次々にレスノアを倒していった。
それは人類に希望を見せる。それは絶望も目を覆うほどの光、地上を照らし、闇を打ち滅ぼす魔法だった。
それが、世界から魔法少女と呼ばれ、救世主として崇められた存在の起源。後に欠陥品と罵られ、それでも闘うことを辞めない魔法少女が生まれた瞬間。
魔法少女たちの活躍によってレスノア襲撃が日常化した地球を、誰も予期しなかった、誰も考えたくもなかった事態が――第二波が襲う。
第二波――通称『ベータ』には、魔法少女が変身する際に必須となる『お約束魔法』が効かない。その特性は非常に厄介だった。
魔法少女はレスノアにお約束魔法をかけることで、変身中の干渉を制限している。それが、ベータにはお約束魔法の効力が通じないのだ。
変身にも条件があり、レスノアの巨体の大半を視認した状態で、十秒以上も無防備にならなければいけない。そのため、魔法少女はベータに苦戦を強いられ、一部の心ない人間からは『欠陥品』と呼ばれた。
だが、それは魔法少女にあぐらを掻いていた人類の怠慢である。
そうした訴えに押され、軍は魔法少女の変身時間を稼ごうと必死になって協力した。それはかつての特攻隊とも似ており、仕事を全うした者は文字通りの必死。最初は生きて帰る者がいなかった。
それから何十年か経ち、魔法少女を守れる人間を育成する機関も軍内にでき、生還率が少しずつだが増えてきたのが最近のこと。
とはいえ、現状でも死亡率の首位を独走し、名誉だの世界を守るだの綺麗事を除けば最も不人気な仕事ナンバーワンなのは変わらない。
「あの……今、ナニテ言イマシタカ?」
だからこそだ。たった今、上司から下された命令がなにかの間違いだと思いたい。
「おや、聞こえなかったか?」
「いや、そういうことじゃなくて、もしかして聴き間違えかなー、と思って」
「そうか。なら改めて命令するが、お前は本日付けでここを辞めてもらう。優秀なお前は『時間稼ぎ隊』への転属が決定された」
「嫌だァァァ!!」
青年、といっても今年で二十歳を迎えるいい大人が、あろうことか上司の部屋で駄々っ子のように寝転がる。
「嫌だ嫌だ、絶対ヤダ! そんな安直なネーミングの隊になんか絶対入りたくない! 取り消すまで絶対ここから動かないもんねっ!」
「お前は低学年の小学生か。その歳にもなって見苦しいぞ、
「あんたが護なんて名前付けるからこんなことになったんだ! 絶対そうだ!」
「拾ってやった恩を忘れたか?」
「そんなこと忘れたね! 俺はまだ自殺志願するような歳じゃないんだよ!」
誰が名付け親なのか、わかりやすい安直なネーミングの時間稼ぎ隊に行くということは、即ち『死』を意味すると言って過言ではない。
最近になって生存率三割を越えたそうだが、逆に言えば七割が死んでいる。最初は一割どころかゼロからのスタートらしいが、軍人の苦労など護にとってどうでもいい。
「待て、とりあえず落ち着け」
「これが落ち着いてられるかぁぁ! 確かにあんたは俺を拾ってくれた恩人だがな、俺の命は俺のモンなんだよ! どうしてもってなら俺は軍を辞める!」
「そうか。それは困るな」
困ると言っておきながら妙な落ち着きを見せる上司は、護が辞める辞めないの話から大きく舵を切った。
「ところで、お前はコンビニに迷惑な客が、そうだな……例えば、棚から食品を落として、謝りもせずレジに来た客にはどう対応する? ちなみに、落として潰れた食品は全て廃棄になる」
「はぁ? そんなのもちろん、顔面ぶん殴って廃棄になった食いもんの全額払わせるに決まってる」
「もしその客の金が足りなかったら?」
「内臓でもなんでも売ればいいだろ」
「そうか。ならコンビニかスーパー、銀行でもいいが、強盗が来たときはどう対応する?」
「それは殺す。なにかする前に殺したほうが絶対手っ取り早いからな」
「よし、お前は軍人に向いている。軍を抜けて野垂れ死にたくなければ転属を認めろ」
心なしか上司の声色は高くなり、その鉄面に嬉しそうな表情が見え隠れする。
「絶対ヤダね! 別に金なんかなくても餓死しそうになったら窃盗でもなんでもすれば生きてける」
「それを軍で言う度胸は素直に認めよう」
「だろ?」
「皮肉が通じない奴はベータ並みに厄介だな。褒めてないから誇らしげに胸を張るな。あとそのウザいドヤ顔やめろ」
咳払いで仕切り直し、上司は床に座り込む護を見てため息をつく。
「わかった。ならお前に新しい任務を与える」
そう言って、転属は保留になったかに思わせた上司を、今の護は激しく恨んでいる。
「あんにゃろォォォ!!」
現在、和風な屋敷の廊下を護は一心不乱に全力疾走で駆け抜けていた。
背後からは浴衣姿の物凄い剣幕の美少女が、軍の中でも優秀だった護と同等以上の速度で迫りくる。
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