幼稚園
弱腰ペンギン
幼稚園
「そこで女の子は言いました。『私と一緒に外へ行こうよ!』すると——」
俺は今、高校の体験学習で幼稚園に来ている。
高校で体験学習があるのは珍しいかもしれない。少なくとも俺は聞いたことがない。
というのも、俺はこの体験学習があるからこの高校を選んだからだ。
「オオカミは言いました『頼むから、食べないでくれ!』」
俺の将来の夢は幼稚園、もしくは保育園の先生だ。
どっちでもいい、と思っているのはまずいのかもしれない。でも、俺は子供が好きだから、子供と触れ合える仕事を選びたかったんだ。でも。
「『ふっふっふ。騙されたな! 俺がお前を食ってやる!』」
「「「ギャー!」」」
まただ。また園児に泣きだされてしまった。
「あぁ、みんな大丈夫よ。このお兄ちゃんは食べないよ! はじめはちょっと怖いなとか危ないなとか犯罪者臭のする顔だなって思っても、根はとってもいいこなのよ!」
すみれ先生。それ、フォローになってないです。トドメです。
いや、わかっています。俺の顔が前科三犯なのがいけないんです。
昔からこの顔のおかげで、子供を助けていると誘拐犯と呼ばれ。制服にも関わらずコスプレした犯罪者と思われ職質を受け、挙句の果てには子供たちから泣かれる始末なんです。
ギャン泣きする園児を前にオロオロしていると。
「『ッフ。あんたに食べられるほど幼くはないわ。逆にあんたの皮をはいで敷物にしてやるわ!』と、女の子はオオカミに襲い掛かりました」
凛とした声が、恐怖に染まった部屋に響いた。
「『わぁ、食べられる!』オオカミは女の子に追い立てられて森の奥へ逃げかえっていきました。おしまい」
俺より小柄で、なのによく透き通った声の同級生。七音カノン。
長い黒髪をツインテールにした、俺と同じキッツイ目つきなのに、子供たちに好かれる少女だ。
たまに慕ってくれる子供たちを前に、俺のほうを見ると勝ち誇ったような顔をする子だ。
うらやましい。
「さぁ、みんな。今日の絵本はこれでおしまい。すみれ先生と一緒にお昼寝の時間ですよー」
「「「はーい!」」」
そういうとみんなでお布団の準備を始めた。俺も混ざろうと思ったよ。最初は。
だってちっちゃい手で一生懸命布団を運ぶ子供たちを見てたらさ、手伝わなきゃって思うじゃん。でも泣かれるからやめた。
そういうのはカノンさんに任せています。あとすみれ先生に。
俺は絵本を読んだ後のお片付け。椅子とか机とかをしまう役目になった。
準備を終えると子供たちはすぐに眠ってしまう。寝つきの悪い子もいるが、カノンがゆっくりと子守唄を歌うといつの間にか夢の中。
たまにカノンも一緒に夢の中に行くけど。
「京志郎君たちが来てくれて、本当に助かってるわぁ」
「いや、俺は何も」
みんなが寝た後、俺たちは職員室で雑務が待っている。
保護者への連絡など、まあ、多岐にわたる。この時間に終わらせないと地獄が待っていると聞いたことがあるが、俺はまだその地獄を見たことがない。
なんだかんだ言ってもすみれ先生はベテランだし、体験学習の生徒がいると、人手不足も少しだけ緩和されるようだ。
「してないわね。あんたは」
カノンのつぶやきが胸に痛い。
くそう。子供たちに好かれよってからに……。
「そんなことないわよぉ。ギャン泣きするからかすぐに眠ってくれ……あ」
すみれ先生。それフォローになってないっす。
少しだけ気まずい沈黙が流れ、空調の音が部屋に響いた。
「そ、そうだ。こんどのお別れ会だけど、園が終わってからでいいかしら? 学校に戻るのがちょっと遅くなっちゃうけど」
お別れ会。俺たちの体験学習が終了する日だ。
一か月もの間、学校と幼稚園を行き来する生活だったからさみしい。子供たちと離れるのがもっとさみしい。
「私は大丈夫です。寮ですし。あんたは?」
「俺も大丈夫です。寮なんで」
体験学習がある高校なので学校に寮がある。
学校側が『仕事の終わる時間に帰宅となると、終電ギリギリとかになる可能性がある』とのことで、学校内にそれはもう厳重なセキュリティの寮があるのだ。
ちなみに男女別である。
「そっかーよかったー」
とはいえ幼稚園の閉園時間は6時となっているので、遅くても7時には学校に帰っていた。その後ということはもう少し遅くなるかもしれない。
「それじゃ、あと二日。よろしくね」
「「はい」」
そして体験学習終了日。
俺は子供たちみんなを見送った後、誰もいない教室で一人泣いていた。
楽しかったなぁ。触れ合えたような気はしないけど。
もうマジ天使。
「っげ、なにやってるのよ」
「カノンか。泣いてた」
「やめなさいよ……気持ち悪いわよ。マジで」
「ごめん」
だってさみしいんだもん。バイバイもいつも通りだったんだもん!
「すみれ先生が体育館に来てって。送別会みたい」
「あぁ、そっか」
俺は涙を拭くと体育館へ向かった。
この廊下で子供たちが突撃してきて、俺の顔を見て思いっきり泣かれたっけ。
運動場を見ると、鬼ごっこをしたら本気で逃げられたのを、今でもはっきりと思い出せる。
体育館の扉も……あれ、開かない。
「なんだ、これ? うお!」
いつも簡単に開いていたはずと思って、思いっきり力を入れたらスルっと開いた。
「京志郎先生。カノンちゃん、今までありがとうー!」
「「ありがとー」」
開いた拍子にバランスを崩して倒れてしまった俺が見たのは、体育館いっぱいに飾り付けがされた、お別れ会の会場だった。
そしてそこには、さっきお別れしたはずの子供たちがいた。親御さんもいる。
「京志郎君、カノンちゃん。改めましてありがとうございました」
すみれ先生が三角帽子を手に座っていた。俺の頭に三角帽子を乗せると、奥の椅子に案内してくれた。
そこからのことはほとんど覚えていない。たぶんずっと泣きっぱなしだったからだ。
子供たちにありがとうと言ってもらえて、折り紙で作ったかにさんやウサギさんをもらったからかもしれない。
初めて子供たちから手を握ってくれたせいもあるだろう。
とにかく、何が起こってるのかよくわからなかったが。
「俺は今日、召されるのかもしれない」
そう思っていた。
「よかったじゃん」
「うん」
「でもそろそろ泣き止んでくれない?」
「いや、泣いてはいない」
「涙がボロボロ落ちてんのよ」
「うれしいんだよ」
「知ってるわよ」
「俺、このうさぎさん、一生大事にする」
「どうせ幼稚園の先生になるんでしょ。だったらいくらでももらう機会あるわよ。きっと」
「今日しかない気がする」
「あるわよ。だってあんたの怖い顔でも、みんながバイバイって言ってくれたじゃない」
「本当にうれしかった」
「さみしいって泣いてる子もいたでしょ?」
「本当にうれしかった」
「私もよ。ただ、どさくさ紛れに胸を触ってきたエロガキはお仕置きしておいたけど」
「本当にうれしかった」
「……しばくわよ?」
「本当にうれしかったんだ」
「わかったわよ。よかったわね」
「うん」
学校について、先生にギョっとされたのは言うまでもない。
幼稚園 弱腰ペンギン @kuwentorow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます