35・ツリミミズ(2)


地面を揺らす轟音。

分厚い鱗をく刃の残像。

二人分の人影。


ファロウとシロツキが辺りを死体の山に変えていく。もはや何体仕留めたのかもわからない。地面の色が見えないほどだ。


それでもサジールの姿はどこにもない。ツリミミズの死体の中で動けずにいるのか、あるいはまだ飲み込まれているのか。こんな生物の腹の中が住みやすい環境なわけがないだろう。一刻も早く見つけ出さないと。


「サジールッ!」


人を探すのは嫌いだ。どうしてもあの縁側の光景がちらつくから。僕は耐え切れず舌打ちした。


ふいにぬるりとした感触が右足を這う。声も出ない嫌悪が脊髄を駆けのぼった。慌てて振り払う。それはツリミミズの幼体だった。大蛇のようなミミズがいるなどそれだけで鳥肌モノだ。


僕はすぐさま川の畔に引き下がった。ツリミミズの死体につまずいて転んだ。さっきサジールが食べられた場所だった。


「あっ……」


きらりと陽光を反射していたのは、サジールの手術刀メスだ。食べられたときに落としたのかもしれない。僕はそれを拾った。二人だけに任せているわけにもいかない。どこからかワラワラと這い出てくる幼体を相手に、怪我を覚悟で突き刺していった。


そうこうしているうちにファロウとサジールの動きが目に見えて鈍ってきた。


「どういうことだ、ちっと数が多すぎんな」


空からファロウがいった。


「ええ」


地上のシロツキが答える。二人とも表情は厳しく、額に汗が浮かんでいる。二人がどれだけ強かろうと限界がないわけではないのだ。無限に湧き出てくる敵を相手どればいずれはやられてしまう。


そしていま、いくら狩ってもキリがなかった。

一匹を倒しても同じ巣穴から別の個体が飛び出てくるのだ。


「もう十五分経ったか」

「気にしている余裕などありませんでした」

「同じくだ。余裕かと思って大口叩いちまって、情けない限りだぜ」

「サジールの居場所さえわかれば……」

「ああ。──っ、シロツキッ!」


ファロウが叫んだ。

泥の中から現れたツリミミズの口腔がシロツキを取り囲んでいた。


「ッ」


すぐさま離脱を試みる彼女。そのままエサになるのは免れたが、相手の巨躯を避けきれずもろに体当たりを食った。血を吐きながらカタパルトのように宙に投げ出される。体勢は立て直したものの、着地するなり黒爪がぼろりと崩れた。


慌てて駆け寄る。傷の状態をのぞき込めば、グレアに穴を穿たれた脇腹で皮膚の下が赤く染まり出している。内出血だ。いまの衝撃で傷が開いたのかも。シロツキの呼吸は不規則で、戦闘の継続は困難に見えた。


ファロウが舌打ちして急降下してくる。

僕らの背後にいた一匹をほふりながらいった。


「撤退するぞ」

「そんなっ、サジールが!」

「このままじゃ俺らまで共倒れだ。位置もわからないままだ」

「まだやれます! 見殺しにしろと言うのですか!」

「てめえは全員ここで死ねって言いてぇのかッ!」


ファロウの怒号にシロツキが表情を歪める。


「判断力を鈍らせるな。食われたのが親友だろうがかつての恩人だろうが。俺らは第3部隊だ」

「っ……」

「直属の上司として命令する。撤退だ。お前は楓を抱えて森まで引け!」

「……わかり、ました」


全身を絞られているような苦痛の声で彼女はいった。


「楓、掴まれ」

「でも、」


僕は振り返った。相変わらず三百六十度から敵意が注がれている。僕らをエサとみなす原生生物たちの有象無象の感情がそこにはあった。腹をすかせた野生が、獲物を見つけた喜びに打ち震えている。他方では縄張りを侵された怒りをあらわにしている。サジールの姿はどこにもない。


シロツキと目を合わせる。彼女は奥歯を噛みしめて首を振った。


見捨てていくっていうのか。どうして割り切ることができるんだ。いや、わかってる。彼女らの方が正しい。冷静に考えれば、戦う力をなくした者がいくら抵抗したところで無意味だ。そんなこと第3部隊じゃなくてもわかる。でも。でも──。


「楓!」


シロツキが僕を呼ぶ。焦りが滲む声。


「なにやってんだ! さっさとしろ!」


ファロウが僕の背を押す。いら立ちと冷静さを備えた声。

サジール。僕はもう一度振り向いた。


「ッ、いやだ」

「……楓っ」


 決めたんだ。たとえ死ぬなら僕が一番最初だって。ここでサジールを見殺しにするわけにはいかなかった。


そのために。僕は願ったんだ。

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