カル・パリデュア遺跡編

第35話 対になる者たち

「あなたは……」

 燃えるような髪色の彼女に声をかけようとしたガクを、聞き覚えのある声が遮った。

「嗅ぎ回るなと言ったはずだ」

「クラリス!」

 物陰からゆっくりと姿を現した彼にエリスさんが叫んだが、クラリスは彼女を一瞥しただけで、何も返さなかった。

 傷ついたように目を伏せる彼女に胸がチクリとする。

「俺たちは何も君たちのことを詮索するためにここに来たわけじゃない! 俺たちはただ……」

 クラリスの魔法が彼の言葉も聞かず眼の前に飛んできた。

 寸前のところでガクが飛び退くと間を置かずに先ほどの女性が彼女の背丈以上もある大剣を振りかぶって、いや、浮かせてと言ったほうが正しいだろうか、とにかくすごい勢いで彼に斬り込んだのだった。

 突然のことで父の壁魔法が一瞬遅れ血まで流しはしなかったがガクが弾き飛ばされる。

「このやろー! もう怒ったぞ!」

 チッタが狼姿に変身し、女性に向かって飛び込んでいった。

「チッタ!」

 一人では危ないと判断したティリスが加勢に入る。

 あたしは連続して繰り出されるクラリスの魔法を防ぐことに精一杯でそれ以外のことが出来ない状態だった。

 気のせいだろうか、前よりも彼の魔法の強さが増しているように感じる。 と、その時突然エリスがその身一つでクラリスに突っ込んでいった。

 その強烈な蹴りに一瞬ひるんだ彼だったが、腰に携えていた剣を引き抜き、エリスめがけて大きく横に振るった。

 俊敏なジャンプでかわした彼女が足に仕込んでいたナイフを取り出して応戦する。

 文字通り光と闇がぶつかるような戦いに、あたしはあっけにとられていた。


 惚けていたあたしめがけて今度はあの赤髪の女性の攻撃が繰り出された。 しかし、チッタが横から体当たりを食らわせ、彼女はよろめき体制を崩した。

「この、犬が!」

 罵声を浴びせてチッタに斬りかかるも、彼がニヤッと笑って攻撃をかわすことに、彼女は相当頭にきているようだった。 と、その時ガクが叫んだ。

「みんな目を瞑れ!」

 次の瞬間、彼のいる方向から信じられない明るさの光が発せられる。 あれは、シュラッグラッテンのときの……!

 目を瞑ろうとしたその時、別の光……闇と言った方がふさわしい色があたしたちを包み込んだ。

 相殺されてガクが発した光がキラキラと宙に舞って消えた。

「そんな……」

 唖然としたガクにエリスさんも続けた。

「彼女、クワィアンチャー族だわ……」

 ガクと同じ……? でも、あの人の髪色は……。

「あなたは、一体……」

 呟くように問いたガクに彼女は言った。

「私はミアー。不必要なもの。それ以外の何物でもない」


 そう言い捨てた彼女が再び剣を振るい、今度は不特定多数に向かった攻撃で、案の定防ぎきれなかったあたしは大きく吹き飛ばされ、壁に背中を打ち付けた。

 すぐに立ち上がることが出来ないあたしに、休むことなくクラリスの魔術が飛んできた。

 そのうちの一つが左腕に当たる。

 切り裂かれた傷からドクドクと血が溢れ出す。

 痛み故か恐怖のせいか、自分の心臓の音が近くに感じ、ふと顔を上げると、クラリスの冷たい瞳と目があった。

 なぜあの人はあんなに悲しそうで、苦しそうなのだろう。

 生気のない瞳を見て、あたしはそう感じていた。

 と、その瞬間、彼の渾身の一撃が、あたしの目の前に飛んできたのが見えた。

 次第に近づく黒が、大きく見えた。

 だめだ、避けられない……!

 スローモーションのように動きが遅くなり、はっきりと捉えられるように見えた。

 そのとき、あたしの前に飛び出したものがあった。


 金に染まる視界。


 あたしをかばった彼女の白い衣は、赤に染まっていた。

「……クラリス! もうやめて! この子はディアナと同じくらいの歳よ! 思い出して! あの子を! 私を! あなたの使命を!」

 叫んだエリスの息は荒く、その血の量は今にも倒れてしまいそうなほどであった。

 透き通った水晶でできた遺跡に不透明の赤が流れていく。

 必死の表情であたしの前に立ちふさがる彼女の目からは、大粒の涙が零れ落ちていた。

「僕はお前の弟などではない。僕は一人で生まれ、一人で生きてきた。誰の力も借りな……姉…さ…ん? 違う、お前は……」

 ふと、クラリスに、変化が見られた。

「クラリス……?」

 と、その時突然、別の方向から彼に向かって、なにかの魔法が飛び、苦しそうにクラリスが呻く。

「うっ……いや、……ぼく、は……」

 渾身の力で魔法を跳ね返した先にいたのは、赤毛の女性。


 つまらなそうにこちらを見る彼女の表情には、今まさに攻撃を受けているにもかかわらず余裕があるように見え、あたしはそれに恐怖を覚えた。 崩れ落ちるクラリスに、エリスが転びそうになりながらも駆け寄る。

「姉さん……僕は……」

 何かを言おうとするクラリスにエリスは涙を流すばかりで、彼を抱きしめたその胸の赤は、じわじわと広がっていた。

 父が双子に駆け寄り、彼らの傷を癒すように包み込む。

 あたしはミアーの気が二人に向かないようにチッタとティリスを援護していた。 クラリスが言った。

「あの人は……倒せない……」

 彼の美しい緑色の瞳が凍てつく冷たさではなく、双子の姉と同じ明るく暖かい煌めきに染まっていた。


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