第28話 竜翼の丘
あたし達はアズルフから聞いたあたしのペンダント所縁の地である竜の里へ向かっていた。
アズルフ自体も詳しいわけではないらしいのだが、あたしのもっているこの竜の形のペンダントの目の部分は魔宝石という宝石でできていて、それがあたしの魔力増幅に一役買っているらしい。
この竜の形というのは竜の里と呼ばれる土地に住んでいるオリゾントという少数の種族がよく使う紋章に似ているそうで、 そのことからあたし達はそこに向かうことにしたのだった。
テーラを出発して五日ほど経ったが竜の里へ向かう道はなだらかで高低がなく魔物も少なかったため、比較的苦労することもなく旅を続けることができていた。 あたし達三人はアズルフと別れた後のチッタを心配していたが、そんな懸念をよそに彼はいつも通り狼姿になったり戻ったりしながら旅道を駆け回っていて、 そこまで気にしている様子ではないことに少し安心する。
ティリスとガクの怪我は大分良くなったようで、二人ともテーラに滞在している際にロイドと剣の鍛錬をすることができるほどになっていた。 ティリスは剣技の違いがどうのと言っていたけれどあたしから見たら何が全く違うのかわからなかった。
「もうそろそろじゃないか?」
ガクがそう言った通りアズルフが言っていた丘のような場所が見えてきていた。 チッタが相変わらず一番乗りーっと走り出し丘に向かっていく。 と、その時突然大きい咆哮が辺りに響き渡った。
驚いたチッタがこちらに向かって走ってきたがそれを追うように何か大きいものが飛ぶ音が聞こえ、ついにはそれが姿を現した。 ワニのような頭に大きな翼、鋭く尖った爪に獲物を捕らえるような大きく見開いた目。
「竜よ!」
竜翼の丘の所以、それを叫んだのはティリスでそれに応えるようにあたしたちは一斉に走り出したがみるみるうちにその姿は近くなり、 ついにはあたしたちの頭上を越え目の前に着地した。
あたしたちの前に舞い降りたのは赤黒色の翼を持った竜で、その大きさはディクライット城下町の民家を軽々覆ってしまうのではないかというほどで、 その口は人一人をまるまる飲み込んでしまいそうなほどに大きく、そこには獲物を殺すためのものであろう、鋭い牙がずらりと並んでいたのだった。 あまりに恐ろしいその姿に後退ったあたしの背中に何か温かい息のようなものが当たり、思わず振り返ったその瞬間、あたしは凍りついた。
威圧するように細められた目があたしを見つめていたからである。
その目の持ち主もまた緑色の鱗を持った竜で、周りを見渡すと容易に何十頭ものそれに囲まれていることが分かった。
突然のことに驚きを隠せないあたし達に、不意に声がかけられた。
「安心しろ、とって食いはしない。何しろ人間は骨ばかりだからな」
あたしはアシッドの一件で出会ったグリフォンのストーレンのことを思い出す。 そうか、竜も人の言葉を扱うことができるのだ。
何も返さないあたし達に再び、先ほど口を開けた赤黒色の竜が声を上げ、雷のように低く深い声がゆっくりとした速さで轟いた。
「私達は、お前を迎えに来たのだ」
「お前ってだれー?」
怖気もなく聞いたチッタにその竜はお前ではない、と答える。 じゃあ誰なんだろう、とあたしが思った瞬間、その緑色の瞳と目があった。
「お前だ。竜の証を持つものよ」
……竜の証?
竜の視線の先を見ると、そこにはあたしの竜の形をしたペンダントがきらめき、竜のそれと同じ色をした深い緑色の石が瞳の部分に嵌め込まれ、静かに輝いていたのだった。
「これが、竜の証……。で、でもどうしてあたしがこれを持っているってわかったの?」
「匂いがするのだ。そうでなくとも私達は繋がっている」
匂いなんてしないけどなーっとチッタが訝しげにクンクンとあたしの髪の匂いを嗅いだが、ティリスがやめなさいと制止の声を上げた。 少し小馬鹿にしたようにガクの後ろにいた竜がふん、と鼻を鳴らす。
「でも、一体結衣菜をどこに連れて行こうっていうんだ?」
声を上げたガクにまたも先ほどの竜が答えた。
「精霊の民の青年よ、彼女は竜の民が住む場所へと連れて行く。彼女も、それを望んでいるようだからな」
竜の民……アズルフが言っていたオリゾント族のことだろうか、あたしはやっと元の世界に戻れるヒントを得られたことに、少しばかり心が躍っていた。
「さぁ、早く出発しよう。じきに日が暮れる」
「で、でも行くって一体どうやって? あたしたちは道もわからないし……」
あたしの言葉に竜は意外な言葉を返した。
「何を言っている。行くのはお前だけだ。私の背に乗るといい」
行くのはあたしだけ? ……ということは他のみんなは……。
「なんで? 俺たちも一緒に行くよ! じゃないとユイナは行かないぜ?」
当たり前のようにそう言い放ったチッタの口を焦ったようにガクが塞いだ。 モゴモゴと何かを言っているようだったが、おそらくそれが文句であろう。それをみて竜が大きな溜息を吐き、まぁいい、皆連れて行くことにしようと言った。 竜の背に乗る……不安と少しばかりの恐怖が、未だに残っていた。
竜の炎のように熱い息が生臭い匂いを伴って風に消えていった。
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