第26話 黒の真
「父上……いえ、陛下のご意志に従います」
頷いたアレンは、そう言って国王の顔を見つめた。
満足げに王が髭をいじり、何かを口にしようとしたその瞬間、玉座の間を勢いよく開く音が聞こえた。
「アレン様、お待ちください!」
中に走り込んできたのはどこへ行っていたのか、ロイドその人であった。
「ロイド! 一体どうして……」
彼の姿に声を上げたアレンだったが、大臣の無礼な……という呟きに口を噤んだ。
「アレン様、そのようなものの言うことに耳を貸す必要はございません!」
今までの彼では考えられないような強い姿勢で出た彼に、あたしたちは驚く。
「無礼者、私を誰だと思うか」
王が叫んだが、その言葉に一歩も退かない彼はこう言い放った。
「私はこの国とアレン様に忠誠を誓った身、その御身を守り抜くことこそが、私の騎士としての誇りです! この国の王を騙る罪人の命令を聞く義理はありません!」
「おのれいい加減にしろ! 私はこの国の王だぞ!」
逆上した王を黙らせたのは、ロイドとは別の声だった。
「いい加減にするのはお主じゃ。黒の魔導師よ」
そこに現れたのは初老の男。 玉座に座っている王と瓜二つの男性だったのだ。
「どういうことですか? 父上が……二人……」
困惑するアレンに、ロイドが答えた。
「こちらが本当の陛下でございますアレン様。そちらの玉座に座っているのは偽の王、陛下に化けた魔導師でございます」
「でも、どうして……どうしてそんなことが分かったのですか……?」
アレンは尚も戸惑っており玉座と扉の方向を交互に向いて落ち着かない様子だ。
「ティリスさんと昨夜話していたのです。もし客人の誰かに何かあれば、真っ先にガレス大臣を疑えと」
玉座の上の男が睨んだ先のティリスが笑みを浮かべた。
「さぁ、正体を現したらどうですか」
「こうなってしまったら仕方がない。力づくで殺すまでだ」
と、その瞬間男が黒い煙に包まれた。 大きく渦を巻いたそれが消えると、そこには黒い髪に黒の服を身にまとった男が現れた。
「お前は……!」
真っ先に反応したのはガクだった。そこに現れたのはアシッド村での事件の際、意味深な言葉を残して消えたあの男であったのだ。
「人質は連れて行け。僕が片付ける」
その瞳の色は前と変わらず、ゾッとするほど冷たい緑色であった。 頷いた臣下は、ティリスとガクを立たせ、ゆっくりと扉の方に向かっていく。 そしてロイドの目の前まで来ると、なんと彼らはそこで二人の手枷を解いたのだった。
「何をしている!」
「お忘れですか? 彼らは私の管轄下です」
ガレスの叫びにそう言ったロイドに大臣が悔しそうに歯ぎしりをし、何を思ったか腰に携えた剣を引き抜いた。
「こうなったら仕方がない、人質もろとも亡き者にしてくれる!」
大きく振りかぶった剣がアレン向かって振り下ろされる……とその切っ先を止めたのは狼姿になったチッタだった。
「アレン! 退け!」
「で、でも……」
まだ混乱しているのか、なかなかその場から動こうとしない彼に向かって今度は黒衣の男からの攻撃が降りかかる。 ギリギリのところで炎の魔法により攻撃を撃ち落としたあたしはアレンの手を引き、彼を扉の方に移動させようとしたが黒の男が発した魔法により行く手を阻まれる。 チッタは大臣に手一杯のようで男の方を気にしている余裕もなく戦っていた。
明らかに手数が多い黒の男の強烈な攻撃を捌ききれなくなったあたしの間に割って入ったのは剣を携えたロイドで、後方援護をお願いします! とあたしに声をかける。 それに返事をし、ロイドと二人で王子を守るような形で援護を始めたが、依然として男の攻撃は休むことを知らなかった。
さらにそればかりではなく勢いが増しているように思えた。
ティリスとガクはとても戦える状態ではなく、特にティリスの方は限界が近い様子で意識を保っているのがやっとというように見え、二人を解放した兵士二人は援軍を呼びに行ったが、果たしてそれまで持ちこたえられるのだろうか。
幾ばくかの不安が頭の中を駆け巡る。
余計なことを考えていたからだろうか、不意に男の攻撃があたしの右足に直撃した。 痛みと恐怖でしゃがみこみ動けなくなったあたしに気を取られたチッタが、大臣に弾き飛ばされた。
「チッタ!」
叫んだあたしの声も虚しく彼にとどめを刺そうと剣を大きく振り上げたガレス大臣の姿が、まるでゆっくりと再生されるような、そんな風に見えた。もうだめだ……そう思った瞬間、甲高い金属のぶつかる音があたしを我に返した。
大臣の剣を受け止めたのはなんとアレン王子だった。
驚愕したガレスは続けて一撃を叩き込む王子に怯んで一歩後退る。王子の裂いたレイピアの流線が軌跡を描いた。
「僕……僕だって、この国の王子です! この国は、テーラは、僕が守ります!」
そう叫んだ彼が振り上げた剣が大臣のそれを弾き飛ばし、大きく尻餅をついた彼にその切っ先を向けた。惨敗した彼に為す術はなくただ項垂れるだけで、 あたしは黒の男からの攻撃も止んでいることに気がつく。
そちらに目を向けると激しい戦闘のためか、黒いフードが取れ彼の素顔が露わになっていた。
漆黒の髪に凍らせるような冷たい緑色の瞳。
その端正な顔立ちにはまるで人形のように生気を感じられなかった。
「……ふ、倒れたか。所詮は口だけの人間だ」
大臣のことを言ったのか、特に抑揚のない声が響いた。
「そういえば、自己紹介がまだだったっけ。僕の名はクラリス。覚えておいてよ」
急に子供のような口調に戻る彼に恐怖を覚える。
ガクが何かを言おうとしたがその前に彼は再び周りの景色に溶け込むように消えてしまい、後ろに残った玉座に、不穏な影が残った気がした。
あたし達はただ呆然ともう誰もいないその空間を眺めていたのだった。
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