第14話 導き出した答え

「必要な物を、必要な時に、必要な量だけ……」


 ジェラールは自室で一人、そんな言葉を延々と繰り返し言い続けた。


「必要な物を……必要な時に……必要な量だけ……」


 自分自身に言い聞かせるように、何度も何度も何度も言い続けた。


 当時のジェラールの姿を見かけたとある使用人の証言では、旦那様はまるで何かに取り憑かれてしまったようだったと話している。


 それからというものジェラールはまるで人が変わったように時折、例の独り言を口にしては怪しすぎる不気味な毎日を過ごした。


 そんなとある日、彼は書斎にて真っ白な紙を一枚だけ机に広げ、その紙の端を万年筆の先でコツコツとリズム良く突いていた。


「必要な時に、必要な物を、必要な量だけ……」


 例の独り言をぽつりぽつりと口にしながら、である。


 そのままの状態がしばらく続いた後、ジェラールの持つ万年筆が突然、白い紙の上を軽やかに舞い始めた。





ーーーーーーーーーーーーーーー


 娘は言った。必要な物を、必要な時に、必要な量だけ、と。


 食事に関する会話の中で言ったのだから、もちろん食事に関する内容なのだろう。


 必要な物を、必要な時に、必要な量だけ。何度聴いても、考えても、その言葉からはいっさいの無駄がないように感じる。


 ほんのわずかも、これっぽちも、少したりとも余らない。


 ぴったりで、ちょうどで、精確で、寸分違わず、狂いなく、ドンピシャなのだ。


 それをつまり、娘の食生活にそのまま置き換えてみると……。


 彼女は必要な食事を、必要な時に、必要な量だけ摂取している、という事になる。


 多過ぎる事なく、少な過ぎる事なく、あくまで最適な量を摂取している、という事に。


 彼女はなぜそんな事をする?


 彼女はどこでそんな特別な食事法と出会った?


 いつから実践していた?


 私が教えた?


 亡き妻が教えた?


 まさか自分で?


 自分で編み出したのか?


 可能性で言えばなくは無い。


 いや……無駄はないに越した事はない筈だ。


 ならばどうだ?


 そもそも我々人間が行うべき食事とはそのようなものなのか?


 いっさいの無駄を省いた、完全完璧な食事。


 それこそが本来の形であり、答え。


 私が追い求めていた答えとは、それなのか?


 そうだ。


 娘だ。


 娘、ローレライが言っていた。


 たまにお菓子を食べ過ぎるとやはり太ってしまう、と。


 たまに、


 たまにだ。


 お菓子などの嗜好品はたまにしか口にしてはいけないのだ。


 嗜好品を口にした後、いつものぴったりな生活に戻る事で体重が自然と元の位置へと戻ってくるのだ。


 それこそが彼女が言っていた、気が付けば体重が元に戻っているという摩訶不思議な謎の答えなのだ。


 分かった、分かったぞ。


 そして、それと同時に良かった。


 娘は何も非行に走ってしまった訳ではなかった。


 全ては私の早とちりだったのだ。まさかあのローレライが、とは思ってはいたがそういう事だったのか。本当に良かった。


 解けた。


 謎は解けた。


 答えは分かった。


 ではーー最後の問題だ。


 娘の、ローレライの食事法は分かった(詳細は未だ不明のままだが)


 それよりもまず、明かにしなければならない事が私にはある筈だ。



 そうーー


 

 私、ジェラールの必要な物を、必要な時に、必要な量だけ、とは?


 私はいつ何をどれくらい食べればよいのだ?

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 彼が今現在、取り組むべき課題が明かになったところで、それまで空白だらけだった白い紙はぴったりとその空白を埋めた。

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