第11話 ただいま

「ふふふっ……ただいま」


 この日、ジェラールは体重計の上にだらりとした姿勢で立ち、力のない視線でその針が指し示す87kgという数字をぼんやりと眺めていた。


 あれから一向に減らない体重に悪戦苦闘し、悩みに悩んで遂には若干のノイローゼ気味になってしまったジェラールは、およそ正気とは思えない考えのまま行動を起こしてしまった。


 答えの出ない問いに対し、ジェラールは食欲という純粋な欲望ひとつで無謀にも立ち向かったのだ。


 減らないのなら、増えてみろ。


 減りたくないのなら、増やしてやる。


 増えたいなら、好きなだけ増えてみろ。



 全部ーーどうにでもなれ。



 そんな考えから数日間好き放題飲食し、今に至るのである。


 あの日ーー痩せようと固く心に誓ったあの日。


 あれから早三ヶ月。運動に食事に死ぬ気で頑張ってきた。


 痩せようと必死に努力してきた。


 なのに、


 その成果がたった数日間の飲食で全て水の泡となってしまった。


 自分はこの数日間の食事のためにあれほど頑張っていたのか?


 嫌になるほど野菜を食し、慣れない運動に取り組んでいたのか?


 たった数日間のために……。


 あれほどの努力を……。


 これではあんまりだ……。


 ジェラールは悲しみと後悔の奥底に沈んでいた。


 大体、私の身体はどうなっているんだ?


 なぜ、体重が減らないのだ?


 なぜ、体重がある地点で止まるのだ?


 噂の低燃費ボディーなのか?


 無駄なエネルギーを抑え、少ないエネルギーで生きていけるのか?


 単純に生きるのには優秀な能力なのかもしれないが、自分としてはそんな能力欲しくは無かった……。


 それなら超高燃費ボディーが欲しかった。


 超高燃費ボディーなら、好き放題食べる事が出来るのに……。


 どれほど食べても体内で爆発的に燃焼されて、全て無かったことにしてしまえるのに……。


 そういえば確か、私の周りにもそんな人物がいたような気がする。


 驚くほどよく食べるのに、身体はなぜかほっそりとしている人物。


 記憶の片隅でチラつくその人影はいったい誰だ? ノルマンディー侯爵閣下だったか? それとも、別の誰かとか? 


 分からない。


 分からないが羨ましい。


 純粋にそう思う。


 私にもそんな神秘的な力があれば、


 私は今ごろーー


 

 

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る