第8話 飽き

 無理だ、ダメだ、もう限界だ。


 私はもう、一生分の野菜を食べた。


 私の人生にもう野菜は必要ない。


 私は野菜が嫌いだ! 野菜なんてこの世から消えてしまえ!


 ダイエット開始からすっかりと人格も変わりつつあるジェラールは、そんな事をぼんやりと考えていた。


 自暴自棄という奴なのだろう。


 いつの間にかそれほどまでに、ダイエットという言葉が、行為が、ジェラールの精神を蝕んでいたらしい。


 そう考えるとダイエットとは、理想の自分を手に入れるための修行のようだ。


 生半可な考えで成し遂げられるものではない。


 きっと常に苦痛と共にあり、身を窶していなければならないのではないか?


 そう思うと、自分の覚悟なんてたかが知れているのかもしれない。


 痩せようと思ったきっかけーーつまりは目的。それらは間違いなく今も胸の中にある。


 決して遊びではなく、しっかりとした熱を帯びて、ここにある。


 私は痩せたい。


 健康的な身体を手に入れたい。


 娘の結婚式に間に合うように!


 だがしかし、思うように痩せる事が出来ない。


 野菜を食べれば若干体重は落ち着くが、ある一定のところでぴたりと止まってしまう。


 その後は何をどうやっても体重が減らない。


 言いようのない歯痒さと苛立ちだけが日々募っていく。


 めげずに自分を鼓舞し続け、なおも野菜を喰らい続ける。


 明日を頑張るために一日だけサボってみる。


 歯痒いくらいに減らない体重が少しサボっただけで一気に増えた。


 普段全然減らないくせに、増える方向には容赦なく増えてしまう。


 何のつもりだ。


 何がしたいのだ。


 何の嫌がらせなんだ!


 おぉ、神よ! いるのなら答えてください! 私は何かあなたに悪いことでもしましたか⁉︎ したのなら謝ります! だからもうゆるして下さい!


 この生き地獄から私を解放して下さい!


 遂には、ジェラールが神に許しを請いだした辺りで、とある人物からとある提案をされることとなる。


「旦那様……あの……これ……」


 使用人の娘が彼に差し出したもの、それはーー


「これは……もやし?」


「ーーはい。生野菜を食べるよりも、熱を加えた方がかさが減って食べやすいんです。それに、もやしなら味付けが変えやすくて飽きがこないんですよね」


「ーーふむ。なるほど……」


 冷たい食事ばかりで身も心も冷え切っていたところに、思わぬ朗報だ。


 こういうのを棚からもやし、と言うのだろうか?


 それとも、ひょうたんからもやし、とか?


 ふふふっ、まぁいい。


 もやし。どうやら私は強力な味方を得たようだ。


 不敵な笑みを浮かべジェラールは笑う。


 それはさながら強力な力を手に入れた悪者のようにも見える。


 その新しき強力な力を彼が持て余す事なく、正しく使ってくれる事を今はただ祈るばかりである。 




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