第6話 ご褒美DAY

 辛い、辛すぎる。


 シャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキシャキ……。


 毎日毎日、シャキシャキシャキシャキ……サラダばかり食べるのが辛すぎる……。


 ダイエット中にも関わらず満腹感を味わえるのはいいが、たまには違うもので満腹感を得たい。


 パンだ! 肉だ! ずっと控えていたそれらで胃をいっぱいにしたい。


 ずっとサラダばかり食べてきたんだ。たまにならそれらを食べても問題はなかろう……。


 そう思い立った彼はキッチンへと向かい、料理長ランドの肩に手を置き耳元で欲望のまま自身の想いを口にする。


「ーーえっ⁉︎ 旦那様、よろしいので?」


「たまになら構わんだろう。食事にはバランスが必要だ」


「はい。かしこまりました」


 用を済ませキッチンを後にするジェラールの足取りは妙に軽快なものであった。


 その夜、


「うむ! 久しぶりのお肉はやはり味わいが違うな!」


 今日ばかりはダイエットの事などかなぐり捨てて、お酒にお肉に舌鼓を打った。


 ジェラールは幸せだった。


 食事の本来の楽しみを噛み締めていた。


 味に香りに酔いしれた。


 我を忘れ、今という時間を堪能しきった。








 翌朝、


「ーーーーっ⁉︎」


 ジェラールは言葉を失った。


 体重計の針が無情にもその現実を指し示していたからだ。


 86kg……あれほど頑張って運動し、野菜ばかりを食べ続けやっとのことで減らした体重がたったの一晩でほぼほぼ戻ってしまったのだ。


 何かの間違いだと思い、体重計と床を何度も行ったり来たりしながら自身の体重を測りなおしてみるが、残念ながら結果は変わらず針はその辛すぎる現実を指し示しているだけであった。


 ジェラールの表情に後悔の色が濃く浮かぶ。


「ーーーーくっ!」


 焦るジェラールはその場で腕立て伏せとスクワットを開始する。まるで何かに取り憑かれてしまったかのように、それはそれは熱心に……。


 息がきれた辺りで一旦休息をとり、料理長ランドに再びダイエットメニューの調理を依頼。


 大丈夫、大丈夫だ。また頑張ればすぐに痩せるさ。


 ジェラールは自身にそう言い聞かせ、冷静になろうと努力した。


 その後も熱心に筋力トレーニングに取り組み、夜は慣れ親しんだシャキシャキ食感を味わい続けた。


 軽快な咀嚼音が響く中、娘、ローレライと目が合った。


 何だかとても心配そうな目で見られている。そんな気がする。気のせいか? 意識を集中したいがシャキシャキのせいで上手く考えられない。大丈夫、大丈夫だ、娘よ。お父様は今日も元気だ。こんなにたくさんお野菜を食べているし、健康そのものだ。お前の結婚式には格好良い姿で参列してあげるから楽しみにしていなさい。


 そんな想いが胸の中を駆け巡り、ジェラールの手はさらに加速し口の中に沢山の野菜達を運んでいく。


 満腹になるその時まで……。






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