第23話 添い寝

 それはそれとして少女の得意料理は焼きそばらしく、今日も今日とて大量のキャベツの千切り、いや百切りを作っております。ひと玉全部を切り終えると、ボールから溢れんばかりです。これでは、焼きそばというよりはキャベツ炒めの焼きそば麺入りと称した方がよろしいか、と。しかし少年は、嬉々として食しております。


 少女の爽やかに見せる笑みが、少年の目に眩しく映ります。少女に対する疑念の思いがあるのではなく、少女がそばに居ないという現実が理解できない少年になっていました。朝に目を覚ましたときには悪戦苦闘しながらに目玉焼きを作る少女がい ます。

母屋の洗濯機が「ゴオン、ゴオン」と音を立てているときには、少年を庭先に追い出して掃除機をかけています。そして少年とともに洗濯物を干すのです。夏の暑い盛りの日差しが、少年の額に汗を浮かばせます。


 その後に飲むサイダーが喉を通るときに、ピリピリとした感触が少年を生き返らせます。始めて味わう爽快感、どんよりと澱んでいたこころの澱が流されていくのでございます。

「着替えをとってくる」

 それに対して “これで買って来い” とでも言いたげに、少年は黙ってお金を差し出しました。

「戻ってくるって、かならず。待ってて」

 それが、その言葉が、少年が聞いた少女の最後の言葉でございました。


 その日、少女は戻りませんでした。

 翌日、少年は朝からフライパンをガンガンと叩き続けました。そこに少女が居ないにも関わらず、“焼きそばを作れえ!”とでも言いたげです。丸二日、フライパンを叩き続けました。さすがに三日目には疲れ果てて、泥のように眠りこけました。結局、少女は戻りませんでした。


 二昼夜眠り続けた少年は、少女が使っていたナイフを持ち、あのマネキンの下へと行きました。久しぶりの再会に、おいおいと泣き崩れました。外ではなく店内に入り込み、マネキンの足元でくるぶしにしがみついて泣き続けました。

 怒った店主が少年を引き離そうとした瞬間、少年の持つナイフが店主の腹部に突き刺さっていました。一瞬何が起きたのか理解できぬ店主でしたが、ナイフが抜かれて噴き出す鮮血! 店主はその場に崩れ落ちました。


 少年はマネキンと添い寝をします。そしてじっと身じろぎ一つせずに待っています。そうなのです。あの少女との秘め事を、マネキンに求めたのでございます。しかしもの言わぬ彼女に腹を立て、ナイフを何度も突き刺しました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る