第15話 軽くウィンクを

 隣の席で食事の介護中の職員に声をかける閻魔大王さまです。仕事中にそれはまずいでしょうに、と慌てるわたしに対して軽くウィンクをされました。食堂-失礼、レストルームと称すべきでした-から退出されようとしている若い介護士さんに「小山くん、チラシを持ってきて」と指示されています。

 青いエプロンをした二十代前半の初々しさを漂わせた若者が、大きく「はい!」と返事をされて出て行かれました。

「あの子も当初は手のつけらない子だったんですがね。先に勤務していた妹さんの小夜子ちゃんが居てくれていたおかげで、入居者さんたちの人気者になってくれて。ほんと、助かってます」

 我が子を観るような職員さんでしたが、この施設はまったくに大家族そのものです。そういえば、戦後の高度経済成長期前には、そこかしこで観られたような光景らしいです。わたしの父も、ときおり嘆息をつきながら「苦しかったけれども、楽しい時期だった」と漏らしております。


青鬼=

はい、閻魔さま。ここに、清書しておりますです。

閻魔=

うん、ご苦労。あゝ、なるほど。ふむふむ、さもありなん。

神 =

これこれ。ひとりで納得せずに、早く、早く。


 早足で戻ってきた若者に対しひったくるような風で、取り上げます。資料といいますよりはどこぞのスーパーの宣伝チラシに見えますが、、お二人は食い入るように見ておられます。どうも見た目とのギャップが激しく、職員の方に目を移しますと

「昼間は落ち着いてみえるのです。夜には徘徊癖のあるお二人なんですよ」と、小声で教えて下さいました。

 そしてまた「もう三十分もするとお昼寝です。そして夕食前に起きられて、その夕食後に始まるんです。『視察に行かねばあ!』が。もう毎晩です。一階二階の廊下を、かれこれ二時間近く歩き回られて。時には、他所の入居者さまのお部屋を覗かれたりして」と教えて下さいました。

 それでもにこやかな表情で、いつか観ました聖母マリアさまがイエスキリストに対して投げかけられている慈愛の思いを、感じ取られるのです。

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