第9話 樫山洋品店

 おやおや、これはこれは。

 下の窓から見える――ビルの建ち並ぶ大通りを折れて入った商店街の中程にあるブティックで、17歳になったばかりの少年と店主と言い争っておりました。広さは10坪ほどの小ぢんまりとした店で、舗道に面したショーウィンドウの中には、二体のマネキン人形が置かれています。


 それにしても何ですかな、この節操のない種類の多さは。スポーツウエアにアンダーウェアにオフィスウェア、果てはリゾートウェアらしきものまで。いやお待ちくださいよ、ユニフォームにコスチュームまでも。これは失礼。ブティックではありません、樫山洋品店という看板がありました。


 少年は真剣そのもので、時折その瞳に殺意が宿るほどでした。わたしは、このただならぬ異様な空気に、暫くの間見ていることにしました。初めの内こそ、店主も相手をしておりましたが、余りの少年のしつこさに腹を立てて、奥に引っ込みかけました。すると、突然少年が叫ぶのです。


「あなたは権利を放棄するのですね、この女性はぼくがいただきます!」

 呆れたものです、なんと言う詭弁を。店主もまた、呆れ果てていました。

「とに角ねえ。何と言われようとも、ダメなの。ディスプレィなんだから、売り物じゃないの。あんたね、常識ってもんがないの? 製造元を教えてあげるから、そこに行きなさいよ」


「いや、ダメなんです! この女性なんです。この人じゃなきゃ、ダメなんです」

 少年は、真剣そのものです。店主もタジタジのようです。とうとうしびれを切らせた店主は、サッサと奥に引っ込みました。少年は暫くの間、考え込んでいました。

まさかそのまま持ち去りはしないだろうな、とわたしは目を凝らしていましたが「また来ます!」と、ペコリと頭を下げて立ち去りました。ほうほう、これは。礼儀正しい少年ではあります。

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