性別破棄〜17歳で性別を決める国にて〜

齊刀Y氏

性別破棄〜17歳で性別決める国にて〜


「ハローマルコ!」


 挨拶はされるよりも、する方が好きだ。

 いつだって先に、一番に挨拶したいと思っている

 特に大好きな人相手には。


 私の大きな声で目を覚ましたマルコがベッドから起き上がる。

 カーテンの隙間から漏れる朝の光を浴びたマルコの姿は、白く薄く華奢で綺麗だった。

 その短い白い髪と合わせて、マルコは本当に中性的だ。


 ――そう、中性という言葉はマルコのためにある。

 だって、マルコには本当に今はまだ性別が存在していない。

 あえて言うなら性別無性。

 でも、それはマルコだけの話ではなくて、この国の王族全員の特徴だった。


 私だって一応、無性別だ。

 まあ、マルコと違って長い髪も、着飾った服も、もう明らかに女の子なんだけど。


 キュレーネ王国においては、王族は神の血を引く存在だとされており、性別を自由に選択出来ることはその証明だと言われていた。

 マルコも私も王族の一人であり、十七になるまでは無性別で日々を過ごすことになる……。

 そう、十七までは。


「おはようキャロル。昨日は眠れなかったよ」


 マルコは少し青い顔でそんなことを言う。

 眠れない理由は察せられた。

 今日の夜にある儀式のこと考えて、緊張しているからだ。


「儀式ってすっごい時間かかるし、大変だと思うけど、それが終わったら無事夫婦なんだし、頑張りましょう!」

「うん……僕が男になって、君が女になる。それで、僕と君は次期国王と王妃だ」


 そう、儀式とは神殿で性別を決める特別な神事のことで、これは国全体で祝われる盛大なものだ。

 王族は十七歳になると、初めて自分の意思で自分の性別を決める……。


 とはいうものの、大抵は儀式の前に性別の決定は済まされている。

 もっと言うと、物心ついた時から、性別は教育によって定められている。

 

 私が生まれる前から、私が女性を選択し王妃になることは決まっていたし、マルコもまた生まれる前から、男性を選択しこの国の王になることは決まっていることだ。


 ちなみにマルコの方が王族の直系で本家であり、私の家はそれに比べると遠い。

 マルコはそこの長男になる予定なので、次期国王……と言う理屈。


 まあ、要するに儀式は基本的には形だけ。

 最初からぜーんぶ筋書き通りに進む。

 でも、二人の仲が悪い場合は、これは大変なことになる。

 というか、なった。


 随分前の話だけど、ある婚約者たちが儀式を行った時、その二人が実は非常に険悪だったので、困ったことになったそうだ。

 女性を選択するはずの人が、嫌がらせで男性を選んだのだ。

 この行為は相当な侮辱行為にあたるため、内戦一歩手前まで行ったらしい。


 でも、その点、私とマルコは初めて会った時から、そして今日この日まで、ずっと好きあっているので、何も心配はない。

 仲良し婚約者で有名なんだから。


「マルコの中性を見納めかと思うとちょっと名残惜しいかも」

「僕はどうかな……キャロルが女の子になるところは早く見たい気もする」

「物凄くエッチな発言じゃないそれ?」

「えー!? そ、そんなことないよ! 僕は大真面目に……」


 マルコは白い顔を真っ赤にして恥ずかしがる。

 本当に可愛らしい婚約者だった。


「ふふふ、冗談よ。じゃあ、私は一度家に帰るわ。また儀式で会いましょう」

「あっ、うん。あのね、楽しみなのは本当だから」

「わかってるわ! ありがとう!」


 トマトみたいなお顔になったマルコに手を振りながら、私は部屋を後にする。

 部屋の前で待っていたメイドさんが、私の顔を見て微笑む。


 もうこんな朝のやりとりも何千回目だろうか。

 初めて会ったあの日から、ずっとマルコに朝を告げるのは、メイドでも鶏でもなく、私の役目だった。

 これは決まりではなくて、私の意思でやっている。




 帰り道の庭にて、私の義理の姉を見かけた。

 要するに、兄の嫁だ。

 兄になったのは最近のことだけれど。


「おはようキャロル。今日もマルコを起こしに行ったの?」

「当たり前じゃないジャンヌお姉様。雨の日も、雪の日も、嵐の日も続けているのよ」

「儀式の日くらい休んでいいと思うけれど……でも、ラブラブで羨ましいわぁ」

「お姉様とお兄様も大変仲睦まじいと噂ですよ?」


 お姉様ことジャンヌ様はその美しい白髪を風に靡かせるように、ゆったりとした動きで柔かに笑う。

 お姉様は兄の嫁以外に、もう一つの意味でも私の姉になることが決まっている。

 そう、彼女はマルコの姉だからだ。

 婚約者のお姉さんなので、そちらの意味でも当然、姉となる。


「あの小さかったマルコとキャロルがもう儀式だなんて、驚きだわぁ。我ながら歳をとったものね」

「お姉様は全然若いですから!」

「若さって相対的なものな気がするのよねぇ」

「それなりに絶対的なものだと思いますよ?」


 お姉様はいつも大体ぽやぽやしていて、マルコも似たようなところがある。

 そこはまさに姉弟と言った感じだ。

 まだ、マルコは弟と言える性別ではないけれど。


「儀式はねぇ、ほんっと無駄に長いから退屈なのよ。退屈な上に、ずっと笑顔でいるから疲れるし」

「私、結構退屈を楽しめるんです! マルコの考えてたら一瞬ですよ!」

「ヤバい愛だわぁ……」


 お姉様は、私のマルコ愛にやや引いていた。


「引き止めて悪かったわねぇ。儀式、頑張りなさいね」

「はい! ありがとうございます!」


 ひらひらと力なく手を振りながら、お姉様は私を見送る。

 最後に、少しだけ変なことをお姉様は呟いた。


「無事終わるといいんだけれど……」





 夜の帳が下りると、日の光から、あたりは火の光へと移り変わり、闇夜を消し去るように盛大に地上が輝き出す。

 儀式を祝う為に集まった国民たちは、神殿の前でマルコの登場を騒がしく待っていた。


 真っ白なドレスに身を包んだ私も、神殿の前で、椅子に腰掛けて、マルコの登場をみんなと一緒に笑顔で待つ。

 みんなは大きな声で私を祝ってくれているけれど、あの調子で果たして喉が持つのか、少し心配だった。

 

 やがて、嵐のような歓声と共にマルコは現れた。

 金と茶色で構成された宮廷服に身を包んだマルコの姿は、普段とは違い少し男の子に見えてくる。


「き、キャロル……凄い緊張してきたよ……」

 

 マルコは私の元まで来ると顔を寄せて、早速、弱音を呟く。

 その顔は青く白い。

 

「あとは神殿の中で神様にお祈りするだけだから楽勝よ! 落ち着いて落ち着いて」

「う、うん」


 しかし、儀式はここからが長い……。 





 現王国や現王紀や、その他諸々のお偉いさんたちによるスピーチが続く中、私とマルコはお人形のように笑顔で、時折手を振りながら儀式の時を待つ。


 なかなか大変さけれど、横にマルコがいるだけで、退屈も楽しい時間になる。

 これから一緒に儀式へ赴くのだから。

 気が付けば、スピーチも終わり、私たちが神殿へと足を踏み入れる時間になった


 多くの声を背中に受けながら、神殿へと歩を進めていく。


 中は、白く冷たく静かだった

 如何にも歴史ある厳かな雰囲気が私とマルコを緊張へと誘うが、神官さんが先を行く上、背後から私の両親や現王などが付いて生きている為、否が応でも進むしかない。


 やがて二対の蛇の像の前まで案内された私たちは、そこで跪き、強く目を瞑り、神に祈りを捧げる。

 果たしてこれで本当に性別が決まるのかと少し不思議に思っていると、自分の体が輝いていることに気付く。

 

 ――いや、怖い!


 自分の体が発光するという事態に私は結構混乱した。

 このまま弾け飛んだりしないよね? とちょっと不安に思っていると、光は収まっていく。


 ――うん? 終わった?


 はっきり言って、自分が女性なったという感覚がまるでない。

 いや、でも、胸はちょっと大きくなっている!

 ほんとにちょっとだけど!

 もっと大きくなれなかったのか私の胸。!


 あまりの変化の少なさに私はがっかりした。

 元々、女性として生活し、容姿もそれ相応にしていた為、変化が少なくなったのかもしれない。

 

「なんと!?」


 自分の成長の無さに、落ち込んでいると、神官の驚く声が響いた。

 そんなに私の胸が小さかったことにショックを受けたのかと思い、周囲を見渡すと、どうやら視線は私ではなく、横にいるマルコに集まっているようだった。


 私も釣られて横を見ると……そこには知らない女の子がいた。

 フワッフワな真っ白の長い髪は、まるで天使のように輝いていて、小柄な矮躯は庇護欲を誘った。

 そして、その顔は……青く青く、まるでこの世の終わりのような顔をしたマルコのものだった。


 マルコ……?

 どうして、女の子になっているの?


「マルコ! 貴様何をしたのか、分かっているのか!」


 神殿に響いたのは現王の声だ。

 その声を切っ掛けに、私の両親やお偉いさんの落雷のような怒声が、次々とマルコへと降り注いでいく。


 私は……呆然として動けなかった。

 状況をまるで理解できていない。


 マルコは無言で俯いたまま、ただただ怒声を受け入れるように静かにしている。

 いや、怯えて声が出ないのかもしれない。


「婚約は破棄だ! ここまで愚弄されるとはな!」


 誰よりも強くそう宣言したのは、私の父だった。

 こうして儀式は滅茶苦茶となり、私もマルコも、強引にその場から屋敷へと移された。





 前例を思うと、これから大変なことになるかもしれない。

 私は自室のベッドの中で、騒がしい外の声を聞きながら、そう考えていた。


 ――なんとかしなきゃ国がヤバい!


 儀式からしばらく経って、冷静さを取り戻した私はこの件を、自分の責任だと感じていた。

 そして私たちで解決を図るべき問題だとも。


 しかし、今は、殆ど監禁されている形で、この部屋の前には見張りもいるし、取れる手段は限られている。

 一体どうすればいいのかと悩んでいると、部屋をノックする音がした。


「おう、入るぞ」


 部屋に入ってきたのは、予想外の人物で、それは私の兄だった。

 ジャンヌお姉様と結婚したのが目の前のこの兄だ。

 背もでかいが、器もでかいと噂の豪傑なお人柄で、今日もその態度は大きかった。


「お、お兄様? どうしてここへ」

「妹を心配しちゃ悪いってのかよ」


 お兄様は何か大きな荷物をその逞しい腕で持ってきていた。

 私はお兄様のことなので、大量のご飯でも運んできたのではないかと思っていたのだけど、お兄様が地面にその荷物を置くと、中から出てきたのは、お姉様だった。

 お姉様だったぁ!?

 ええ!? なに? 何なのこれ?


「えええええ!? 何が起きてるんですか!?」

「こら! 騒ぐんじゃねぇよ。ちょっと自分の嫁さんを担いできただけだろ。あー、重かったぜ」

「うちの旦那、デリカシーがなさすぎるわねぇ」


 呆れた様子で箱から出てきたのは、いつも通りに美しいお姉様で、私は大変に混乱した。

 なんならマルコが女の子になった時より混乱した。


「ごめんなさいねぇ、こんな訪問で。今、貴方の家と私の家で険悪になってるから」

「あっ、そ、そうですよね」


 そうだ、お姉様はマルコの姉なのだから、今現在怒っている私の家に、そう簡単に入れるわけがない。

 だからって、こんなとんでもない方法で来るなんて。


 お姉様は私の顔をじっと見つめて、選ぶように慎重に話し始めた。


「……私はね、別にマルコは貴方への嫌がらせで女性になったわけではないと思うの」

「はい! 私もそう思います!」

「おお……力強いわね」

「当然です! 嫌がらせなら、罵倒と共に女性になりますよ! 私ならそうします!」

「その思想は危険だと思うけれど、まあ、道理ではあるわね」


 そう、マルコの表情は真っ青だった。

 あんなの、嫌がらせをした人の顔じゃない。

 

「そもそも! マルコはそんな嫌がらせしませんから! 喧嘩するともっとぷりぷり怒るんですぷりぷりと!」

「確かにそう言うところあるわよね」


 お姉様は深く頷く。

 じゃあ、なんでマルコが女性になったのかという話になるのだけれど。

 それは察しがついていた。


「私はね、そもそもこの儀式そのものに問題があると思っていたわ」

「そうなんですか?」

「だって自分で性別を選択するなんていつつ、結局は周囲に強制されて選択する性別だもの。女になりたい王子だって絶対にいるはずなのに、それをまるで考慮していない」

「それは……そうですよね」

「マルコはきっとそうだったのよね。あの子は女の子になりたい王子だったのよ」


 幼い頃から、私はマルコとずっと一緒にいた。

 だというのに、どうして気付けなかったのだろうか。

 マルコの望みと、苦しみを。


 マルコは女の子になりたかったんだ。

 でも、国の為に、そして私の為に無理をしていた。


 きっとそんなマルコの本心が漏れて、女の子になったんだ。

 けれど、それはマルコにとって思いがけない出来事だったから、真っ青な顔になった。


 マルコはきっと今、落ち込んでいる。

 いや、落ち込んでいるどころじゃなくて、全て自分の責任だと思い詰めているかも。

 

 私は一刻も早くマルコと話すべきだと、心に決めた。


「お姉様! 私、マルコに会いたいんですけど!」

「そう言うと思っていたわ」


 一分一秒でも早く、マルコに会って、私の心の中を全て話したい。

 そして、マルコにも話して欲しい……少しでもいいから心の内を。

 そう思うと、気がせって仕方がない。


「うしっ!任せろ妹!」

「えっ?」

「そら! 箱に入りな!」

「ええええー!?」

「いってらっしゃーい。私はここでキャロルのふりをして時間を稼ぐわ」


 手を振るお姉様に見送られながら、私は箱の中に胎児みたいな格好で詰め込まれると、そのままお兄様の頑強な腕によって、どこかへと運ばれていく。


 まるで小舟のように揺れるこの木箱は、果たして、私をきちんとマルコの元まで連れいってくれるのだろうか。




「はい。この箱をマルコ様の部屋まで運べばいいんですね? メイド隊にお任せください! 私たちは、マルコ様とキャロル様の味方ですよ!」


 屋敷の近くまで私を運んできたお兄様だったが、今の当家と本家の関係性では、正面から堂々といくわけには勿論いかない。

 なので、お兄様は屋敷へ入る道をメイドに託した。


 こんな時でも助けてくれるなんて、持つべきものは気心知れたメイドさんだ。


「じゃあ、俺はここまでだが、頑張れよ妹!」

「あの! よくしてもらってありがとうございますお兄様」

「いいんだよ! マルコが女の子になったから、次期王は俺になったしな!」

「あっ、それで協力的なんですか!?」

「馬鹿野郎! 妹のためってことにしておけ!」


 妹のためってことに、ひとまずはしておくけれど、後で思いっきり追求するから、お兄様は覚悟していて欲しい。

 

「それでは、キャロル様、少々揺れますよ」

「あの……重くてすいません」

「あら? いつも運んでるお洗濯物よりずっと軽いですよ?」


 箱の隙間から謝る私を励ますように、メイドさんたちは笑顔で箱を運ぶ。

 た、逞しい。

 女性になったばかりの私だけど、こんな人になりたいと思った。


 箱は闇に包まれていて、ただただ揺れるばかりの時間が続く。

 屋敷の中は当家と同様に騒がしい様子で、人々の足音が忙しなく、右へ左へと行き交っていた。


「マルコ様にお夜食をお持ちしました」

「ご苦労……その箱はなんだ?」

「この箱は衣服類です……マルコ様は女性になられたので」

「ああ、なるほどな」


 マルコの部屋の前まで来たメイドさんは、言葉巧みに兵士さんを言いくるめ、見事に箱を手にしたままに部屋に入ることを許された。


「マルコ様、お夜食とお洋服をお持ちしました」


 そうメイドさんは呼び掛けるけれど、返事はない。

 メイドさんは箱やお料理を部屋に運び入れると、最後に一つ呟いて去っていった。


「表の兵士は私たちで気を逸らして起きますので、ごゆっくり」


 古今無双に気の利くメイドさんだ!

 私は彼女たちの協力に心から感謝した。

 

 そして、まさに箱入り娘状態の私が、どう出るべきか思案していると、箱が急にパカリと開かれた。


 箱の中を覗き込むのは、真っ白でふわふわな髪を伸ばした端正な顔の少女で……それはマルコだった。


「えっ、き、キャロル?」


 私とマルコとで、一瞬、時が止まったかのような静寂が生まれる。

 と、とにかく何か話さないと!

 

「じゃ、じゃーん! 美少女のお届け物です!」

「えっ、えっ」

「ほ、ほらっ、私、この通り、美少女になったから! む、胸もこの通り大きく……いや、なってないけども!」

「う、うん」


 再び静寂が当たりを包む。

 す、滑ったー!

 笑いですら役に立たないなんて、もはや貧乳何があるんだ!


 理不尽な怒りを己の胸にぶつけながら、私はマルコと手を握った。


「お姉様やお兄様やメイドさんに協力してもらってここまで来たの。マルコ、私、言いたことがあって」

「あ、あの……ごめんなさい!」


 マルコは私の言葉を遮る様にして私に謝る。

 その言葉は涙声だった。


「僕、約束を破ってしまって……それに、大変なことになって……こ、子供の頃に姉さんから良く女の子みたいって言われて、ずっとその事が気になってたの。そ、それで、儀式の日も、それが頭をよぎって……。お、男の人になろうと思ってたの。けど、必死に願っても、変わらなくて、それで少し、女性になれたらなって思ったら、女の子になっちゃって……」

「マルコ! 落ち着いて!」


 私はマルコを強く抱きしめる。

 その体は信じられないくらいに華奢で、マルコが女の子だという事を強く実感させられた。

 可哀想に……こんなに震えている。


「王妃にしてあげられなくて、ごめんねキャロル……」

「そんなのはどーでもいいのよマルコ! お父様がチビを気にしてることくらいどーでもいいわ!」

「いや、お父様のコンプレックスはそんなにどうでも良くないんじゃ……」

「どーでもいいのよ! そんなことが聞きたいんじゃないの!」


 自分を責めているお父様のことまでフォローするのは、マルコの良いところだけれど、そんなことを言いに来たのではない。


「あのね、マルコ。私がまず言いたいのは、今まで気づかなくてごめんってこと。そして、私が聞きたいのは、マルコは私のことがまだ好きなのかってことよ! まだ、私と結婚したいって、思ってる?」

「えっ」


 マルコは驚いたような顔で私を見ているが、私にとって一番大きな問題はそこだ。

 今でも私たちは相思相愛なのか、それだけが知りたい。


「そ、それは僕のセリフだよ。キャロル、僕のこと嫌いになってないの?」

「あのねぇ……嫌いになるわけないでしょ! 私はマルコが男でも女でも、好きすぎて困るくらいなのよ! ちょっと可愛すぎるんじゃない? 謝って!」

「ご、ごめんなさい?」

「いいのよ! それで、マルコはどうなの。私のこと好きなの? それとも大好きなの?」


 勢いに任せて、私はマルコを抱きしめたままに、ガンガン攻め立てる。

 マルコは、真っ赤な顔で応えた。


「す、好き……」

「ほんと?」

「ほ、ほんと……」


 マルコの顔を見つめる。

 その顔はまだ林檎の様に真っ赤で、初々しい。

 よかった、本当に好きなんだ。私のこと。


「よっ……」

「よ?」

「よかったぁ……本当に安心した」

「そ、そんなに?」

「そんなによ! あーよかった。じゃあ、もう後はさっさとこの騒ぎを収めないとね」


 本当に私は心配してたというのに、マルコはキョトンとした顔をしていた。

 マルコは本当に分かっていない。

 私がどれだけ、マルコのことを好きなのかを。


「そ、そう簡単に収まる騒ぎじゃ……」

「いいえ、収まるわ。だいたい、儀式の形式が悪いんだから、私とマルコで声を上げれば、どうとでもなると思うの。それに、私の兄もいるし、お姉様も付いてる。きっと大丈夫よ」


 次期国王が移るのだから、それなりに大変なゴタゴタは見込めるだろうけれど、それも全部儀式のせいにしてしまえばいい。

 今回のことは、王国にとっては、きっと、よく考えもせずにこの形式を続けていたことを、反省する良い機会だったんだ。


「きゃ、キャロルは本当にいいの? 僕、女の子になっちゃったのに」

「何度も言わせないでくれる? 私はね、マルコがいれば他に何もいらないの。男とか女とかは、瑣末なことだわ」

「で、でも」


 いつまでもうるさいマルコの口を私は口付けで塞いだ。


「むううううううう!」


 口の中で悲鳴が聞こえる。

 柔らかな唇だった。


「いいマルコ、それ以上あーだこーだ言うなら、何度でもキスするわ」

「えっ、えー!?」

「それとも、何度でもキスして欲しいから、ずっと話し続けるつもり? マルコってえっちね」

「ひ、ひどいよー!」


 怒って私の肩を弱々しく叩くマルコの顔は、いつも通りのマルコだった。

 そう、何も変わってはいない。

 マルコはマルコで、私は私だ。

 

「マルコ、今度からは自分一人で抱え込んじゃ駄目よ」

「うん……ごめんね、キャロル。でも、僕」

「はい、キスしまーす」

「ご、ごめんなさーい!」


 こうして、私とマルコの問題は解決を見せた。

 さて、これからどうなるのか。





 朝、マルコを起こしにいく途中、ジャンヌお姉様が庭でお茶をしていた。


「おはようございます! ジャンヌお姉様……じゃなくて、王妃様!」

「おはようキャロル……でも、王妃になるのはうちのが戴冠してからよ」


 そう、あの後、私とマルコは堂々と表に出て行って、私はマルコの無実を父と母に語った。

 マルコ自身にこちらを貶める意思がない上に、私の兄……つまり息子も娘も擁護しているのだから、父もそれ以上強く出ることはできなかった。


 そもそも、この話は私が王妃になれなかっただけの話で、代わりに兄が王になれるのだから当家にとっての問題はない。


 よって、マルコの家、つまり本家の方から文句が出る事が予想されたけれど、これは儀式の失敗という大問題がある上に、やはり娘のジャンヌお姉様が擁護する上に、彼女が王妃になるという良い条件もあるので、強く出ることは出来なかった


 こうして考えて見ると、国を揺るがす大騒動に感じられた今回の件だけど、不思議なほどに綺麗に収まっている。

 まるで、仕組まれたように。


「お姉様、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ええ、何かしら」


 次期王妃の座を手にしたお姉様は、いつもと変わらない微笑みを頬に宿している。

 本当に、綺麗な人だ。

 怖いくらいに。


「お姉様は……マルコが儀式で女の子を選ぶことに、最初から気付いてたんじゃないですか?」


 お姉様は少しだけ眉を寄せる。


「……どうしてそう思うの?」

「マルコが言っていたんです。幼い頃に、お姉様に女の子みたいだと言われたって。一度だけみたいな言い方でしたけど、本当はもっといっぱい言ってたんじゃないかなって」

「そうねぇ。確かによく言ってたかもしれないわ。可愛いんだもの」

「可愛いですよね! それで、マルコが女の子を選ぶように、少しずつ誘導したんじゃないかなって思ったんです。そしたら、自分の婚約者が王になるし、マルコも望んだ性別になれるし、一挙両得かなって」


 そもそも、今回の件はその収束が早すぎる。

 次期王が移動するなんて、本当はとんでもない大事のはずだ。

 それがこんな簡単に、平和に終わっている。


 それは、事前の根回しが全て済んでいたからではないだろうか。

 うちの兄が王になっても反感を買わないような、そんな根回しが。

 

 お姉様は空をじっと見つめると、ため息混じりに、言葉を紡ぐ。


「……もしかしたら程度だったのよ? 可能性はあると思っていたし、そしたら私的に美味しいとも思ったわ。ちょっと、マルコの背中を押したりも、ええ、したわね。それで、貴女はどうするつもりなのかしら?」


 最後の一言は、優しいお姉様の言葉とは思えないほどに冷たい響きを秘めていた。

 私は、お姉様の手を取る。


「お礼を言いたかったんです!」

「はい?」

「あの、色々本当にありがとうございました! おかげで、今日も私はマルコを起こしに行けます。全部、お姉様のおかげですよ!」

「貴女ねぇ」


 戸惑うような、怒ったような、そんな不思議な表情でお姉様は私を見つめる。

 

「私が何もしなかったら、きっとマルコはそのまま男性になって、普通に問題なく儀式は終わっていたわ。それに、貴女も王妃になれた。私はその座を奪ったのよ?」

「自分の心を隠したままに生きていたら、マルコはきっと、今より苦しい思いをしてましたから。私の王妃の座なんて、それに比べれば瑣末な問題ですよ」


 私の言葉を聞いて、お姉様は私に顔を近づけて囁く。


「俺はただ、自由に性別を選べる機会があるのに、結局不自由なのが気に入らなかっただけだよ」


 それはお姉様とは思えない、男性みたいな話し方だった。


「お姉様……」

「ふふ、まあ私は貴女のお兄さんが好きだったから、別にどっちでも良かったんだけどね。ちょっと悩んだってだけ。さあ、話は終わりよ。早くマルコを起こしてあげて」


 お姉様は最後まで笑顔で、いつものように手をひらひらとさせながら私を見送った。

 

 私たちが、幸せになれたのは色んな人の協力があったからで、二人だけではきっと無理だっただろう。

 だったら、私も誰かのために何かできないだろうか。

 そんな事を考えながら、マルコの屋敷へと歩いた。


 やがて、屋敷へ到着して、部屋の前までやってきた私は、大きな声でこう言う。

 そう、変わらぬ朝に、いつも通りに。


「ハローマルコ!」

 

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