第八十三話「救出作戦:その3」
黒の賢者の警備隊を一蹴したローザは地下3階まで駆け下りたところで、先行するアメリアたちと合流した。
黒の賢者の研究棟の地下は一辺が40メートルほどの正方形で、中央に一辺20メートルほどの部屋があり、それを囲むように幅5メートルほどの廊下が正方形を形作っている。廊下の外側には小部屋が並んでおり、東西に一ヶ所ずつ階段があった。
追いついたローザがモーゼスに確認する。
「あとどのくらいなのだ、モーゼス殿」
「はぁはぁ……私がいた時から変わっていないなら……ぜいぜい……この下の階にあるはず。すぐに到着するよ……」
モーゼスは70歳を超える高齢で、久しぶりに全力で走ったため、息が荒い。
最後の階段を降りると、そこには机やいすが並んだ制御室らしい小部屋とガラス張りの大きな窓があった。先頭を行くアメリアが静かに手を上げ、中に入ることなく、死角になるところで止まる。
慎重に中の様子を窺うと、多くの研究者がおり、慌ただしく動いていた。
何とか息を整えたモーゼスも慎重に覗き込んだ。
「魔法陣の起動準備のようだね。何か複雑な使い方をするつもりのようだ」
「魔法陣を使う場合は必ず準備が必要なものなのだろうか」とローザが聞くと、
「単純に魔力を増幅させるだけなら
その言葉でローザとアメリアが飛び出した。
事前に連絡を受けていたのか、研究員たちは即座に反応し、反対側の扉から逃げ出す。彼らには抵抗せずに退避するよう命令が出されていたのだ。
ほとんどの者が命令に従ったが、中には果敢にも魔術を放とうとする者もあった。
研究員といえども高位の魔術師であり、ある程度の実戦経験はある。たった2人、それも若い女ということで、彼女たちを倒すことで黒の賢者から称賛を受けられる機会と考えてしまったのだ。
5人の研究員が魔術を放とうとしたが、成功した者は誰もいなかった。
アメリアの投げる暗器とローザの斬撃の方が圧倒的に速かったためだ。
逃げた研究員には目もくれず、ローザはモーゼスたちを招き入れる。
「モーゼス殿は魔法陣の確認を。アメリアはライル殿と白の賢者を見ていてくれ。某は他の入口を封鎖しておく」
モーゼスはそれに頷くと、足元に描かれた直径10メートルほどの複雑な魔法陣を確認していく。
床には魔法陣が描かれた一辺2メートルほどの板が敷かれており、床に描かれた部分と微妙に異なっていた。
「やはり暗黒魔術を使うつもりだったようだね。ローザ君、済まんが手伝ってくれんか。その魔法陣が描かれた板を運び出してほしいのだが」
「承った」
ローザは研究員たちが逃げていった扉を閉じた後、モーゼスの指示に従って板を運び始める。
モーゼスの考え出した多層魔法陣理論は単一機能の魔法陣を積層化し、一つの複雑な魔法陣を構成するというものだ。
基本となる魔力増幅用の魔法陣とは別に、用途が決まった魔法陣を組み合わせることも可能で、その場合は今回のように分割して描かれたものを敷き詰めることになる。
ローザが板を持ち出し終えると、モーゼスは満足そうに頷く。
「これで準備は完了したよ。アメリアさん、ライル君と白の賢者を魔法陣の中心に立たせてくれるかな」
「承りました」とアメリアは言い、ライルと白の賢者を魔法陣の中心部に立たせた。
「アメリアさんとローザ君は私と一緒にこの部屋に」と言いながら、モーゼスは小部屋に入っていく。
2人が小部屋に入ると、モーゼスは伝声管が付いている机を指さし、
「その伝声管、蓋のついた金属の管の蓋を開けてしゃべると、中に声が響く。私が合図したら白の賢者に解除を命じてほしい。それを合図に私の方で魔法陣を起動するから……」
モーゼスは説明しながら操作卓にあるスイッチを入れていく。
「準備完了。アメリアさん、白の賢者に命令を」
アメリアは「承知いたしました」と答えると、伝声管の蓋を開けて白の賢者に命令を伝える。
「ライル様の隷属魔術を解除してください」
白の賢者はそれに小さく頷くと、ライルの額に右手を当て、呪文を詠唱する。5秒ほどでその右手が白く光り始めた。
それを見たモーゼスは「接続」と言いながら、最も大きなスイッチを入れた。
魔法陣に魔力が流れ、紋様が金色に輝いていく。その光は白の賢者に集束し、白く光っていた右手は直視できないほどの光を放っていた。
ローザはその光景に一瞬目を奪われる。しかし、それが油断につながった。
運が悪いことにそのタイミングで、黄の賢者の命令を受けた元素系の魔術師たちが制御室に突入してきたのだ。
油断していたとはいえ、ここまで不意を突かれてしまったのは、対魔族部隊の隠密性に加え、風魔術の遮音を使って音を消していたためだ。
突入してきたのは8人。いずれも近接戦闘も可能な魔導剣士で、元素系の魔術師であることを示す、赤、青、緑、黄の四色の仮面をそれぞれ被っていた。
赤の仮面を被った火属性の魔導剣士が炎を纏わせた剣で、ローザに斬りかかる。
咄嗟に愛刀“
アメリアは伝声管から飛び退き、短剣で風刃を切り裂いて消滅させる。
モーゼスはその激しい戦闘に呆然とするしかなかった。
「モーゼス様は下がってください」というアメリアの声が響くが、その声で我に返り、上着の内側に巧妙に縫い付けてあった
黒の賢者の部下たちも身体検査はしていた。しかし、黒の賢者の強力な魔術で催眠状態にしたことからおざなりな確認に留まり、内ポケットに偽装してあるマジックバッグに気づかなかったのだ。
モーゼスはM1911コルトガバメント型の魔銃を取り出し、油断なく構える。
青色の仮面を被った水属性の魔導剣士が“
モーゼスは慌てて操作卓に隠れることでそれをやり過ごした。
それ以上の追撃はなく、モーゼスは相手がこの施設を破壊したくないのではないかと考えた。
(これを盾にすれば、私でも支援できる。あとどのくらい時間が掛かるのかは分からないが、とにかく時間を稼がないと……)
操作卓の角から僅かに顔を出すと、向かってきた黄色の仮面を被った魔導剣士に照準を合わせ、コルトガバメントの
黄の魔導剣士は44口径の銃弾を受け、もんどりうって転倒する。
その間にローザも立ち直り、赤の魔導剣士を斬り伏せた。
アメリアも前線に立ち、ローザと2人で敵を倒していく。
対魔族部隊はいずれもレベル500に迫る猛者たちだが、ローザとアメリアの方がレベルは高く、剣術のスキルも上回っている。それに加え、制御室の設備に気を使いながら戦っているため、数の優位を上手く生かせないのだ。
対魔族部隊を撃破している時、魔法陣の部屋からボンという破裂音が聞こえてきた。
ローザたちは制御室内での戦闘に集中していたため、魔法陣の部屋に注意を向けることができなかった。
その隙を突いて、黒の賢者の部下たちが制御室とは別の扉を破壊し、そこから部屋に侵入してきたのだ。
黒の賢者と黄の賢者たちが連携したわけではないが、偶然陽動作戦のような形になったのだ。
最初に動いたのはモーゼスだった。制御卓に隠れていたことからガラス窓を見ることができ、何が起きているのかすぐに理解できた。
「ライル君が!」と叫び、制御室の扉に向かう。
モーゼスが制御室に入る前に、黒の賢者の部下は無防備な白の賢者に向けて、“
白の賢者の背中に1メートルほどの漆黒の刃が突き刺さり、崩れ落ちていく。
ライルの額に当てられていた右手が外れ、眩い光は急速に消えていった。
制御室に飛び込んだモーゼスはライルを奪われまいと、コルトガバメントを連射する。ライルの魔銃と違い、
パンパンという乾いた音が響き、2人の魔術師が倒れた。
しかし、扉からは更に複数の魔術師が侵入しており、その1人がモーゼスに向けて“
その真っ黒な針はモーゼスの喉に突き刺さる。
モーゼスは「ガァハッ!」という声にならない音と大量の血を吐きながら膝を突く。
膝を突きながらも更に銃を撃ち、2人の魔術師を倒した。
しかし、そこで彼の命の炎は急速に消えていく。
ゆっくりと前に倒れていき、魔法陣の上に大きな血だまりを作っていた。
ライルはその光景を光のない瞳で眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます