第七十八話「出生の秘密」

 4月30日の午後4時頃。

 僕とローザはラングレーさんの屋敷でのんびりと過ごしていた。


 その時、空に大きな影が見えた。


「魔導飛空船だな。昼前に出発したのに何をしに戻ってきたのだろうか?」


 ローザの言う通り、黒の賢者が乗っていた王国所有の魔導飛空船だった。

 高いコストを掛けて運用する飛空船がウロウロしていることに疑問が湧く。


「今回のスタンピードで魔力結晶マナクリスタルは大量に手に入ったけど、無駄に使う必要はないと思うんだけどね」


 その後、すぐに黒の賢者の部下が現れた。


「黒の賢者様がお呼びだ。すぐに迷宮管理事務所に来てほしい」


「報告は終わっていますし、どういった要件なんでしょうか?」


「モーゼス・ブラウニングに関することだそうだ」


「モーゼスさんのこと? どういうことですか!」とモーゼスさんのことが心配で思わず声を高めてしまった。


「詳しくは黒の賢者様よりお話しされるそうだ。一緒に来てくれ」


「某も同行させてもらう」とローザが言うが、


「ライル・ブラッドレイ殿だけだ」


 その答えにローザが「何をする気だ」と凄む。


「賢者様に確認してくれ。私も詳しくは聞いていない」


 埒が明かないので、「一人で行ってくるよ」とローザに言い、黒の賢者の部下と共に屋敷を出ていく。


 迷宮管理事務所に到着すると、すぐに会議室に向かう。黒の賢者は信用できないので、オルドリッジ連隊長に話をしたいと思った。


「オルドリッジ連隊長にも出席していただきたいのですが」


「連隊長も同席すると聞いている」と返ってきた。


 念のため、探知魔術で連隊長を探すと、黒の賢者と共にいる。


(あの人がいるなら大丈夫だろう……)


 僕はあまり警戒していなかった。

 黒の賢者の能力をすべて把握しているわけじゃないが、ステータスを見る限り、僕の方が圧倒的に強く、少々のことなら切り抜けられるからだ。


 会議室に入ると、黒の賢者とモーゼスさんが椅子に座っていた。


「ご無事で何よりです」と僕が声を掛けたが、モーゼスさんに反応はなかった。


 咄嗟に鑑定してみると、“強催眠状態”となっている。


「モーゼスさんに何をした!」と黒の賢者に詰め寄るが、オルドリッジ連隊長が僕の前に立ちふさがった。


 連隊長も鑑定してみると、同じように催眠状態にされている。


「2人とも一時的に私の支配下にある。特にブラウニングには私が命を落とせば、同時に命を落とす暗黒魔術、一種の呪いを掛けてある。彼の命を大切に思うなら、私の言うことを聞くしかないのだ」


 まさかここまで強硬な手段を採るとは思っていなかった。


「僕をどうしようというんだ! 何をさせる気だ!」


「大したことではない。何といっても君は私の大切な研究対象なのだから」


「研究対象……どういうことだ!」


 とにかく、今は時間を稼いで、解決の糸口を掴まないといけない。相手が話している間に、モーゼスさんに掛けられた“呪い”を解かないと、どうにもならないからだ。


「一度きちんと話しておいた方がいいだろう。我々の悲願についても……」


 黒の賢者は感情を排した声で話し始めた。


「まずは我らセブンワイズが何を目的に作られたのか、そこから話そう。君も知っていると思うが、千年前、ここアロガンス大陸に未曽有の危機が訪れた。“豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスター”による“大災厄”だ……」


 豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスターによる人族の虐殺は誰でも知っている有名な話だ。


「……その際、ヒューム、エルフ、ドワーフの上位種、ハイヒューム、ハイエルフ、エルダードワーフが絶滅した。今のように魔物の恐怖に震えるようになったのは、それら強力な3種族が存在しなくなったためと言われている……」


 この辺りの話は神話として習っていた。


「……それ以上に懸念されることは豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスターが封じられただけで、消滅していないということだ。再びあの存在が現れた時、我ら人族にあらがう術がない……」


 豪炎のインフェルノ災厄竜ディザスターはレベル1000を超える化け物で、自分を攻撃してきた者たちを殺すため、多くの都市をその強力なブレスで焼き払った。

 そして、容赦なく人々を殺して回り、この大陸からほとんどの都市が消滅した。


 ハイエルフたちが自らの命を神に捧げて何とか封印を施し、平和が訪れたと伝説では言われている。

 つまり、封じられただけで、消滅したわけではないのだ。


 但し、僕を含めた世間の人の印象で言えば、災厄竜は神話の世界の存在で、現実のものとは考えていない。今更封印を解いて現れると考えるのは杞憂で、そんなことのためにセブンワイズは存在しているのかと呆れている。


「……我らセブンワイズは上位種の復活を目指し、長い年月を掛けて研究を続けた。ハイエルフとエルダードワーフについては糸口すら掴めていないが、ハイヒュームに関してはある程度の目途が立った……」


 そこで人体実験を行っているという話を思い出した。


「……ハイヒュームは身体能力に優れ、豊かな魔術の才能を持つ優秀な種族だ。それ以上に重要なことはヒュームとの間に子孫を作れるということだ。そのため、我々ヒュームの中にも僅かだが、ハイヒュームの遺伝子が存在する。それを人為的に集め、ハイヒュームを復活させる。これこそが、我らの悲願なのだ……」


 これから先は聞きたくないと思った。聞けば、僕の存在が否定される気がしたからだ。


「……そして、その遺伝子を効率よく集めるため、優秀な魔術師の家系、すなわち魔導伯家に対し、長年にわたって候補となりうる者を集めたのだ。更に実験により胎児のうちに魔力を注入することで、人為的に魔術の才能を飛躍的に上げることが可能だと分かった。無論、多くの失敗はあった。ノーラ・メドウズやマーカス・エクレストンのような失敗が。しかし、我々は君のような優秀な魔術師を生み出すことに成功したのだ!」


「人為的に……僕は作られたということなのか……」


「その通り。我々の手で生み出した次代を担う魔術師として。否! 人族すべての悲願、上位種復活の先駆者としてだ!」


 黒の賢者は興奮気味に話しているが、僕の心はどんどん冷えていった。


「君は気づいていないだろうが、我々は君のために多くの労力を割いている。君の恩師、シドニー・カールソンは我らの配下、天眼ヘブンズアイの一員であり、研究所の研究者でもある。魔術の補助スキルについては第一人者と言ってもよいだろう。カールソン自身も驚いていたが、君の才能はエルフすら凌駕しているのだ。あれほど短時間で多重詠唱や無詠唱を習得できた者は歴史を紐解いてもおらぬ……」


 魔導学院で唯一の味方だと思っていたカールソン先生までセブンワイズの一員だったことに、鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


「エクレストンや君の義母も我らの手駒だ。君に試練を与えるためにいろいろとやってくれた。いささか暗示が強すぎたきらいはあるが、結果として君が進化しているのだから、よくやってくれたと言っていい」


「マーカスや義母上に暗示……」


 マーカスや義母であるナターシャが僕に辛く当たったのは黒の賢者が操っていたからだ。人の心を自分の目的のために平気で弄ぶ黒の賢者に殺意が湧く。


「この町の外に描いた魔法陣も君のためだ。効率よくレベルアップするために上層階に魔力を注入したのだ。不幸にして想定外のスタンピードが起きたが、君がハイヒュームに進化したのだから、僥倖であったと言えよう」


「スタンピードが僥倖だっただと! あれで何人の人が亡くなったと思っているんだ!」


 そう言って掴みかかろうとしたが、オルドリッジ連隊長とモーゼスさんが間に入る。能力的には簡単に排除できるが、2人を傷つけたくないと思い、そこで断念する。


「ここの兵士とシーカー、それに3つの小さな農村が全滅したが、それでも千人に満たない。僅かな犠牲でハイヒュームが生まれたのだ。これを僥倖と言わずに何というのだ」


「人の命を何だと思っているんだ!」


 僕を強くするために多くの人が犠牲になっている。そのことを思うと、更に殺意が強くなり、無意識のうちに魔力を高めていた。


「私を殺せば、ブラウニングも命を落とすのだ。冷静になりたまえ」


 その言葉で魔力が霧散する。


「君は冷静さを欠いている。このままで君も私も不幸になるだけだ。今の君では私の施した暗黒魔術を解除できぬ。いかに君の能力が高くとも、魔術スキルが違いすぎるのだからな」


 呪いの解除には神聖魔術が必要だが、“賢者”は“魔術の奥義”までスキルを上げたことで付けられる称号だ。僕の神聖魔術のスキルレベルは“奥義”の下の“極意”にすら達していない。治癒魔術なら魔力の注入という力技で何とかなるが、賢者クラスが掛けた魔術を解除するにはスキルレベルが圧倒的に足りない。


「私が掛ける魔術を大人しく受け入れてもらう。抵抗すれば、ブラウニングを苦しめる。君が受け入れるまで何度でも」


 そう言って僕に近づいてきた。

 そして、僕に魔術を施していく。


「抵抗するな!」と鋭い警告の声が響く。


 無意識のうちに抵抗していたようで、モーゼスさんが胸を押さえて苦悶の表情を浮かべている。

 僕はそこで諦めた。


「そうだ。そのように抵抗せずに受け入れるのだ。ブラウニングを大切に思うのならば」


 モーゼスさんは肉親ですら見捨てた僕を受け入れてくれた大切な家族だ。その人を犠牲にすることがどうしてもできなかった。


(ローザ、ごめん……)


 そこで僕の意識は途絶えた。

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