第六十三話「強敵」

 4月23日午後10時頃。

 僕とローザ、そしてダークエルフに戻ったアメリアさんの3人はモーゼスさんの工房を後にした。


 アメリアさんはすぐに探知阻害のスキルを発動して別行動になった。

 僕は探知魔術を使い、敵を探る。


「ヴァンパイアロードもいないし、ワーウルフとヴァンパイアが何体かいるくらいだ。もしかしたら、ヴァンパイアロードで終わったのかもしれないね」


 そう言ったものの、自分の言葉を信じているわけじゃない。少し前からローザの表情に不安が見えたから気休めを言っただけだ。


「それならよいのだが。胸騒ぎがするのだ……」


 僕も同じように胸騒ぎというか、何となく不安を感じている。子供の頃、夜中に風の音で目を覚ました時のような魂に直接訴えかけるような不安だ。


「迷宮の入口を見に行ってみようか。湧き出る数が減っているなら、あの場所で数を減らした方が効率がいいから」


「そうだな」と答えるが、いつもの快活さがない。


 迷宮の入口に向かうが、ヴァンパイアロードを超える魔物が出る可能性があるので、城壁の上から様子を見るつもりだ。


 町の中にいるワーウルフとヴァンパイアを倒しながら、迷宮管理事務所に向かう。

 デーモンやオーガなどはすべて倒し切ったわけではないが、既に町の中にはいなかった。恐らく無人になった町から、人がいる場所を求めて出ていったのだろう。


 適宜探知魔術を使うが、迷宮の入口から出てくるのはヴァンパイアが主体で、その数も少ない。


 迷宮の入口が見える場所に到着した。城壁の上にある灯りの魔導具の多くが消え、僅かに点いているものも弱々しい光になっている。それでも何とか迷宮の入口が見えるくらいの明るさは確保できていた。


 探知魔術で探知した時と同じように出てくる魔物の数は激減していた。そのため、城壁の内側に降り、出てくる魔物を駆逐していく。


 時折、ヴァンパイアロードが出てくるが、M82アンチマテリアルライフルで倒していく。最初は梃子摺った相手だが、何度か戦ううちに相手の特性が分かり、今ではそれほど苦もなく倒せている。


 最初に苦戦したグレーターデーモンだが、魔術による多重障壁を展開している。それも5重の障壁で、即座に再展開できるという厄介なものだ。しかし、身体との間に隙間があることと、1枚当たりの防御力が低いことから、転移魔術を施したM590ショットガンやローザの黒紅による魔法剣で突破は可能だ。


 次に苦戦したヴァンパイアロードは特殊なスキルで障壁を張っている感じだ。グレーターデーモンのように身体との間に隙間はなく、全身をくまなく覆っている。また、その障壁自体は動かせるらしく局所的に強化でき、生半可な攻撃は全く通じなかった。


 そのため、最初は神聖魔術による浄化と組み合わせていたが、その障壁も無敵でないことが分かった。


 全体に覆っている時にはM4カービンの攻撃力は通じなかったが、M82の攻撃力重視モードである“AMアンチマテリアルモード”でミスリルの部分被甲パーシャルジャケット弾を撃ち込んだら、あっさりと貫通したのだ。


 AMモードはM4に比べ、運動エネルギーは30倍近い。さすがにそれだけのエネルギーを受け止めることはできなかったようだ。


 もう少し早く気づけばよかったのだが、AMモードは連射性に劣ることと発射音が大きく、他の敵を引き寄せるため、暗殺者のような戦い方をしていた僕に合わなかった。そのため、敵の障壁の特性が分かるまで、使わなかったのだ。


 迷宮入口で狙撃を繰り返すが、10秒に1体くらいしか出てこなくなり、「これで終わりみたいだね……」と言いかけた。


 しかし、その瞬間猛烈な悪寒に襲われる。


 悪寒は迷宮の中から感じる。死という概念が物質化したような感じを受け、強力なアンデッドが出てくることが容易に想像できた。

 ローザも僕と同じように感じたのか、僅かに震えている。


「M82で狙撃する」と言い、迷宮の入口に銃口を向ける。


 背中を虫が這い回るような不快感を覚えるが、それを無理やり抑えて敵が見えるのを待つ。

 入口までの距離は30メートルほどで、灯りの魔導具により20メートルくらい先まで奥が見えていた。


 しかし、悪寒が強くなるに従い、迷宮内の視界が黒く霞み、中が見えなくなっていく。

 漆黒の瘴気が魔導具の光を遮っているようだ。


 探知魔術を使うまでもなく、敵の位置は何となく分かった。それほどまでに強い魔力を放っていたのだ。それも禍々しいという表現では生易しいほどの悪意の塊のような魔力で、恐怖で引き金トリガーに掛かる指が震える。


「出てくるぞ」とローザが僅かに震える声で警告する。


 それは分かっており、何も言わずに出てくる場所に銃口を向け、白い予測線に合わせる。


 それは突然出てきた。

 煌びやかな装飾が施された魔術師のローブを纏い、先端に巨大な魔力結晶マナクリスタルがはめ込まれた杖と漆黒の錫杖を持っている。

 その顔は肉が削げ落ちたしゃれこうべで、目の奥には血のように赤い光が煌々と光っている。


「あ、あれは……命なき者の王ノーライフキングなのか……何という力だ……」というローザの呟きが聞こえてきた。


 僕も驚いているが、精神力を動員して即座にトリガーを引く。

 バン!と発射音が聞こえ、銃口の先端にあるマズルブレーキから圧縮された空気が放出される。


 身体の真ん中、ちょうど心臓辺りにある魔力結晶マナクリスタルのある場所に命中した。


「よし!」と言う声が出て、ローザを見る。


「駄目だ……」という彼女の声が被る。


 ノーライフキングに視線を戻すと、何事もなかったかのように立っていた。

 更に僕に向けて血のように赤い光る瞳を向けてきた。

 その瞬間、恐怖に支配される。


(駄目だ。絶対に勝てない……このまま殺される……誰か……助けて……)


 何も考えられず棒立ちになっていたが、ローザが強引に僕の腕を引き、


「逃げるぞ、ライル殿!」


 それでも僕は動けなかった。

 涙が溢れ出て、嗚咽を漏らす。


 その時、僕の目の前にローザの美しい顔が迫り、唇に暖かな感触を感じた。その感触はすぐに消え、僕は目を二度ほど瞬き、我に返った。


「しっかりするんだライル殿! 今のままでは奴に勝てぬ!」


「ああ、分かった」と言って彼女の手を取り、転移魔術を発動した。


 迷宮の入口では膨大な魔力が集まっていた。振り向く余裕はないが、ノーライフキングが魔術を発動させようとしているのだろう。


 連続転移で城壁の外に脱出すると、背後で“ドーン”という大きな爆発音が聞こえた。

 夜空が一瞬オレンジ色に染まる。


 バラバラと城壁の石材の破片がヘルメットに当たった。


「町から離れるしかない」とローザがいい、それに頷くと、再び転移魔術を使って移動する。


 目的地は決めておらず気づくと、町の外に出ていた。月明かりでうっすらと見えた場所は、いつも射撃訓練に使っていた南の荒地だった。


「逃げ切れたのか……」とローザが呟く。


「多分。というより、いつでも殺せるっていう感じで見逃されたんじゃないか」


「そうかもしれぬな……しかし、あれを野放しにしたらまずいのではないか」


「そうだけど、僕たちに勝てるとは思えないよ」


「あれを倒さなければ、多くの人が命を落とす。それに父上たちのかたきかもしれんのだ」


 それまでの怯えは消え、決意を見せている。

 僕はまだ恐怖に囚われていたが、彼女は既に克服できたらしい。


「何とかできる相手じゃない。僕のM82でも全く効かなかったんだ。倒す方法が思いつかないよ」


「モーゼス殿の作った武器ならどうだ? あれの予備がまだあったはずだ」


 彼女が言っているのはオーガたちに使った指向性地雷のことだ。まだ5個ほど残されている。


「通常の鋼の弾じゃアンデッドには効かないよ。今からミスリルの弾を作る時間もないし」


 指向性地雷は通常の鋼しか使っていないし、アンデッドに有効なミスリルやアダマンタイトの弾丸の残量も少なくなっている。

 他にアンデッドに効きそうなものは神聖魔術だが、僕の魔術放出量ではほとんど役に立たない。


「朝まで時間を稼いで、太陽の光を浴びせるのが一番効きそうな気がするけど、あのくらいの存在だと太陽の光を浴びてもダメージを受けるとは思えない。やっぱり僕たちでは無理だよ」


「あれが使えるのではないか。今の某ならあの弾を放つことができるはず」


 ローザの言葉にある武器のことを思い出した。

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