第五十七話「戦略の見直し」

 グレーターデーモンを何とか倒し、モーゼスさんの工房に戻ってきた。しかし、その勝利はあくまで幸運によるものだ。M29リボルバーを壁越しに撃てるようにしていたため、頑丈な障壁を飛び越えることができたに過ぎない。


 更に運がよかったのは僕もローザも命を失わなかっただけでなく、大きな怪我を負わなかったことだ。


 グレーターデーモンの魔術によって僕とローザは吹き飛ばされた際、二人とも気絶し、僕はグレーターデーモンによって喉を掴まれ、絞め殺されそうになった。相手にいたぶるつもりがなく、剣で斬られていたら、僕もローザも命を落としていただろう。


 工房に戻ると、アメリアさんが不安そうに見ていた。

 出ていって10分も経たずに戻ってきたためだ。


「何があったのでしょうか?」


 僕が掻い摘んで状況を説明した。


「それほど強いのですか……」


「うむ。あの障壁はそれがしでは突破できん」


「そう言えば、ラングレーさんたちはどうやって倒したんだろう。前に聞いた時にはひたすら攻撃するしかないと言っていたけど。それだったら10発以上当たっていたはずなんだけど」


 デーモンの障壁は2発で消える。その上位種であるグレーターデーモンでも5発くらい当てれば何とかなると思い、今まで通りの戦略、つまり銃撃による奇襲で何とかなると思っていた。

 しかし、現実は僕の銃撃は10発以上当たったが無力だったし、ローザの連続攻撃も有効とはいえなかった。


「奥様の聖魔術で障壁を弱めておられるのではありませんか?」


 聖属性には暗黒系の魔物を弱体化させる魔術がある。聖属性の高位の使い手であるディアナさんなら確かにグレーターデーモンでも弱体化できそうだ。


「なら、僕たちには難しいね。君もアメリアさんも聖属性は使えないし、僕は使えるけど威力が話にならないくらい低いから」


「うむ。そうなると、ここで奴らが消えるのを待つしかないということか」


 ローザは残念そうに呟く。


「お嬢様は剣に魔力を纏わせることはできたのではありませんか? それならば障壁ごと斬り裂くことも可能かと思いますが?」


「確かに黒紅は炎を纏わせることができるな」


 ローザの愛刀、黒紅は希少な金属であるアダマンタイトを使っているだけでなく、アーヴィングさんによって火属性の魔法陣が組み込まれている。

 今までは炎を纏わせる必要がなかったことと、彼女のレベルが低く、魔力MP総量が少なかったため、ほとんど使ったことはなかった。


「今ならMPに余裕があるんじゃないか?」


 その言葉でローザはパーソナルカードを取り出し、MPを確認する。

 ローザは魔術も使えるが、主力は刀であるため、ほとんど魔術による攻撃は行わない。今回のスタンピードでも一度も使っていないはずだ。

 その理由は僕のように無詠唱のスキルがなく、詠唱が必要なためで、前線では使えなかったのだ。


「確かに十分な魔力があるな。11万を超えている」


「11万もあるのですか!」とアメリアさんが驚く。


「驚くほどのことか? ライル殿は50万を超えていると聞いたが」


 アメリアさんに代わって僕が答える。


「普通の普人族ヒュームの魔術師ならその半分くらいしかないはずだよ。さすがは竜人族ドラゴニュートだ」


 レベル400程度の一般的なヒュームの魔術師のMPは4万程度と言われている。彼女のレベルは422だから、同レベルのヒュームなら5万を超えたくらいだろう。そう考えると、前衛であるローザが専門職の倍もMPを持っていることは驚きだ。


「いずれにせよ。一度使ってみてもよいな。ただ、この場で魔力を放出すると敵をおびき寄せることになる。外で戦ってもよいのだが、もし通用しなかったら……」


 外にはサキュバスなどのデーモンの上位種もいるが、グレーターデーモンに見つかった場合、ローザの攻撃が通用しないと大変なことになる。


「僕に考えがある。さっきグレーターデーモンを倒した方法を安定的に使う方法なんだ……」


 そう言って二人に説明していく。

 方法はいたって簡単で、M29と同じように別の銃にも転移魔術が使えるように改造するのだ。


 候補はM590ショットガンだ。

 M4カービンは銃身が短く、既にギリギリまで魔法陣が描かれているため、追加できないし、M82アンチマテリアルライフルは接近戦に向かないためだ。


「なるほど。それならば戦えるかもしれん。しかし、モーゼス殿もアーヴィング殿もおらぬが、大丈夫なのか?」


「30分もあればできるよ。アーヴィングさんにしっかり教えてもらっているから」


 しかし懸念があった。そのことをアメリアさんが聞いてきた。


「銃口から離れた場所に転移させるのはよいのですが、その距離は調整できるものなのでしょうか? 転移魔術は転移先に物体があると発動しないと聞いたことがあります。障壁と敵の身体の狭い隙間に転移させることができなければあまり意味がないと思うのですが」


「その点は僕も懸念材料だと思っています。ですが、さっきの戦いで気づいたことがあります」


「それはどのようなことなのだ?」とローザが聞いてきた。


「銃剣で攻撃したんだが、あの時、ある距離から壁に阻まれたみたいに動かなくなったんだ。その時の銃口から相手まで距離は大体20センチ。それを目安に調整しておけば、敵の身体に当たると思うんだ。まあ、個体によってその距離が違うかもしれないけどね。ただ、首を狙うならある程度幅はあると思うから」


 魔力による障壁は身体の形に合わせて展開されるわけではなく、全体を包み込むような湾曲した形で展開される。そのため、首の部分は比較的広い隙間があるはずだ。


「それではライル殿も前衛ということになるが」


「離れたとこから撃っても意味はないんだし、僕も前線に立たざるを得ないよ」


 この方針で戦うことが決まり、M590を改造する。

 改造と言っても大したことをやるわけじゃない。

 ミスリルの粉末を混ぜた特殊な塗料を使い、付与魔術で魔力を与えながらアーヴィングさんがM29に描いた魔法陣を真似て描いていくだけだ。


 本来なら銃身に魔法陣の形に溝を掘り、そこに塗料を流し込んでから表面を磨き上げるのだが、今回は長期間使うつもりがないので、簡易的な方法にしている。


 20分ほどで魔法陣を描き上げ、魔法陣が正しく作動するか確認する。そのチェックを終え、次に他の魔法陣と同時に魔力を供給する練習を行う。

 練習といっても数回空撃ちして魔力の流れを確認するだけだ。今まで何千発も銃を放っているので、すぐに慣れる。


 銃口の前に紙を置き、実弾を発射する。標的に弾は命中するが、紙に穴はなかった。

 正確な距離は測れないが、少なくとも転移魔法陣が作動していることは確認できた。


 戦い方についても打ち合わせる。


「転移魔術で意表をついて接近。君が黒紅に炎を纏わせて斬り掛かっている間に、僕が敵の横に転移して首を撃ち抜く。これでいいね」


「了解した。タイミングはライル殿に合わせる」


 そこでアメリアさんに「もう一度行ってきます」と言って地下室を出ていく。


 1階に上がると、外は既に暗くなり始めており、差し込む陽の光は茜色だ。

 探知魔術を使って敵を探す。すぐにグレーターデーモンが見つかった。


「100メートルくらい先にグレーターデーモンがいる。他にも上位種らしい反応もあるが、少し離れている感じだ」


「では、そいつを狙うのだな」


「他の敵に邪魔されたくないから少し離れた場所の家に誘い込む。転移で近くまで飛んで、敵にわざと見つけさせてからその家に飛び込むぞ」


「承知」と短く答え、手を出してきた。


 その手を握り、50メートルほど連続転移で飛ぶ。

 逃げるために道に出てきたという感じに見えるようにキョロキョロと周囲を見回す。

 グレーターデーモンと目を合わせ、驚きの表情を作り、そのまま近くの家に飛び込んだ。そこは定食屋で、慌てて逃げ出したためか、テーブルや椅子はそのままになっていた。


 逃げ込んだ直後、入口にグレーターデーモンが舞い降りてきた。

 入口から入ってきた時、獲物を見つけた喜びで歪んだような笑みを浮かべ、警戒している様子は見られない。


 距離は5メートルほど。


「行くぞ!」と言ってローザの手を握ったまま、敵の目の前に転移する。


 グレーターデーモンは驚きに目を見開くが、まだ余裕の笑みは消えていない。


 ローザは既に抜き放って黒紅に炎を纏わせる。

 それに合わせて、僕はもう一度短く転移した。

 飛んだ場所は敵の左側。そこで既に銃剣ベイオネットが取り付けてあるM590を敵の首元に突き出す。


 予想通り、銃剣は敵の首元で止まり、それ以上押し込むことはできなかった。

 グレーターデーモンは僕たちの奇襲に対し、ローザの方が危険だと思ったのか、右手に持つ漆黒の剣を向けようとした。


「今だ!」と叫び、引き金を引く。


「テェァァ!」というローザの気合と“ボシュ!”という発射音が重なった。


「グァ!」というグレーターデーモンの悲鳴が一瞬だけ響き、すぐに消える。


 ローザの斬撃はグレーターデーモンの反応より速く、左肩から胸にかけて大きく斬り裂いていた。

 僕の放ったスラグ弾も首の横から斜め上に撃ち込まれ、そのためグレーターデーモンの悲鳴が途切れたのだ。


 グレーターデーモンは光の粒子となって消えた。


「何とかなったようだね」というと、ローザは小さく頷く。


「某の斬撃がこれほどの大物に通用するとは思わなかった。すべてはライル殿のお陰だ」


 真正面からそう言われると気恥ずかしい。


「次の獲物を狩りにいこう。これだけの大物だと、逃げた人のところに向かったら大変なことになるから」


 僕たちは再び狩る側になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る