第五十六話「グレーターデーモン」

 4月23日午後五時頃。

 2時間の仮眠を摂った後、再び魔物狩りに向かう。

 本来ならもう少し休んで体調を万全としたいところだが、比較的安全なモーゼスさんの工房を知られないようにし、退避場所としたいため、レベル500を超える危険な敵、大悪魔グレーターデーモンから奇襲を受けないよう、先手を打つのだ。


 2時間の仮眠では魔力MPはあまり回復していない。しかし、レベルアップのお陰で総量が55万を超え、残量も20万以上あることから、魔銃と探知、転移を駆使しても十分だ。


「グレーターデーモンは居そうなのか?」とローザが聞いてきた。


「探知ではまだ居ない感じだね。ただ、デーモンの上位種の割合が多いからそろそろ出てくる気がする。それより……」


 そこで口篭もってしまった。


「何かあったのか?」


「町の中で戦っていた守備隊や探索者シーカーの気配を感じないんだ。退避したんならいいんだけど……」


 半径200メートルくらいの範囲で調べてみたが、仮眠前には10人ほどがいたはずだが、その人たちの魔力を感じなくなったのだ。


「そうか……」


 ローザもその人たちが亡くなったと思ったのだろう。少し俯くようにして目を瞑っていた。


「さっきと同じでデーモンの上位種を狩る。ただ、奇襲しやすいところにいる敵が減っている感じなのが気がかりだ」


 先ほどまでは建物の中に入っている魔物が多かったが、人の気配がなくなったためか、空を旋回するように飛んでいる者が多い。また、飛んでいなくても屋根の上などの見晴らしいい場所に陣取っており、転移で奇襲を掛けにくくなっていたのだ。


「デーモンは知性を持つと聞く。あれほど同族が倒されれば何らかの対応を取ってきてもおかしくはない。それがしもライル殿もレベルが上がっているのだ。奇襲ではなく、強襲に切り替えてもよいのではないか?」


 僕のレベルは435、彼女は422だ。これはデーモンの上位種、サキュバスたちよりやや低いものの、相手が1体なら十分に勝機がある。


「できるだけ見つかりにくい敵を狙撃するよ」


「それでは某の出番がないが、仕方あるまい。空を飛ぶ敵に我が刃は届かぬからな」


 町の北にある商業地区の大き目の商店の2階に向かう。迷宮管理事務所近くだと出てくる魔物が多いためと、北に向かって逃げている人の方に向かわせないためだ。


 商店の2階は事務所のようだ。窓は閉められているが、ガラスが入っているため、夕日が差し込んでいる。慌てて逃げだしたためか、机の引き出しや棚の扉が開け放たれていた。

 窓からオレンジ色に染まり始めた空を見つめる。


「夜になると僕は不利になるな。モーゼスさんが作っていた新式の照準器スコープがあればよかったんだけど」


 僕は普人族ヒュームだから夜目が利かない。そのため、モーゼスさんは光を増幅して明るく見えるスコープを作ろうとしていた。

 理論まではある程度考えついたみたいだけど、完成はしていない。

 ちなみに昨夜は迷宮の入口ということで、城壁から灯りの魔導具で照らしており、僕を含め、ヒュームの戦士たちも通常通り戦えた。


「探知魔術と組み合わせる方法で狙撃は難しいのだったな」


「できないことはないんだけど、集中力が必要だから今まで以上に気を遣うんだ」


 探知魔術で場所を特定し、それで照準を付けても白い予測線は敵に向かっていく。しかし、探知魔術を発動しながら、魔銃の魔法陣に魔力を送りこむのは多重詠唱と同じになり、今まで以上に集中力が必要となる。もし、探知魔術を切らせてしまったら、そこで予測線が消えてしまうためだ。


「敵を誘い込むことも考えた方がよいかもしれぬ。それならば某も戦力になるからな」


 それに応えようとした時、


「強い魔力を感じる!」とローザが小声で警告を発した。


 窓の外を見ると、一体のデーモンが飛んでいるのが見えた。


「あいつか?」と言いながらも、僕にも強い魔力を感じ、咄嗟にM4カービンを構え、スコープを覗き込む。


 スコープに映っていたのはデーモンに似ているが、身体は一回り大きい。


「グレーターデーモンだ。あいつを狙撃する」


 ローザが頷くのを気配で感じながら、フルオートになっていることを確認し、予測線に従って銃口を動かしながら引き金を引く。


 パンパンパンという軽い銃声が部屋の中に響く。静寂に包まれており、普段より大きな音に聞こえた。

 5発の銃弾を撃ち込み、そのすべてに命中の手応えがあった。


「よし!」といったものの、グレーターデーモンは何ごともなかったかのように空中に浮かんでいた。


“まずい!”と思った瞬間、グレーターデーモンは信じられない加速でこちらに向かってきた。


 再び引き金を引き、3発撃ち込むが、すべて障壁のようなものに弾かれてしまう。


「ライル殿は後ろへ!」とローザが叫び、愛刀“黒紅”を構える。


 バーンという音と共に窓枠を破壊しながらグレーターデーモンが飛び込んできた。2メートルを遥かに超える身長で、見上げるほどだ。それ以上にその存在感に魂が委縮してしまうような強い力を感じていた。


 ローザは着地した直後の敵に鋭い斬撃を浴びせる。しかし、その渾身の一撃もいつの間にか持っていた漆黒の剣で受け止められていた。


「ハァァ!」という気合と共にローザが鋭い斬撃を嵐のように繰り出す。


 しかし、その猛攻も余裕の笑みを浮かべるグレーターデーモンにほとんど弾かれていた。弾かれなかった攻撃も何かに阻まれ、ダメージを与えられていない。


 僕も見ているだけじゃなかった。

 銃撃が効かないならとM4の銃剣で敵の脇腹に攻撃を加えるが、壁のようなものに阻まれてしまった。


「障壁のようなものがあるようだ! 某の攻撃に合わせて銃撃を!」


 ローザは斬撃を繰り出しながら指示を出してきた。


「了解!」と言いながら銃を構えるが、その直後、グレーターデーモンの魔力が膨れ上がるのを感じた。


「ヤバいぞ! 一旦下がれ!」


 そう言いながらもフルオートで弾丸を撒き散らすが、激しい動きのローザに当てないようにするため、有効弾は少ない。それもあって、ローザが下がる余裕が作れない。

 グレーターデーモンの左手に炎の球ができ、膨れ上がっていく。


 魔術が発動される前に決着を付けるべく、更に銃弾を撃ち込むが、すべて障壁らしきものに弾かれてしまう。


 グレーターデーモンがニヤリと笑った。左手を突き出し、直径50センチほどになった炎の球を放つ。


 その直後に猛烈な熱気と爆風を感じ、僕とローザは吹き飛ばされた。

“バン!”という音と共に背中に強い初撃を受け、一瞬意識が飛ぶ。すぐに目を開けるが、その時、目の前にはグレーターデーモンの巨体があった。


 そして、僕の首を掴み、ゆっくりと持ち上げていく。

 何とか抵抗しようとしたが、持っていたM4はない。いたぶるつもりなのか、徐々に力を籠め、喉に強い痛みを感じる。


(く、苦しい……)


 視界の端に見えるローザだが、壁に叩きつけられたのか、意識を失ったままグッタリとしている。僕は絶体絶命の危機に陥っていた。


(何とかしないと……)


 何か手がないか必死に考えるが思いつかない。


(これだ!)


 偶然右手が腰にあるホルスターに掛かった。

 素早くM29リボルバーを引き抜き、セーフティを解除して、撃鉄を上げる。

 その時、相手に通用するかということは全く考えていなかった。ただ、撃つことしか考えていなかった。


 グレーターデーモンは僕の動きに気づいているが、勝ち誇った顔でゆっくりと力を込めていくだけだ。


 視界が歪み、いつもの白い予測線が見えない。勘だけで照準を合わせ、引き金を引いた。

“パン!”という音が聞こえ、喉に掛かっていたデーモンの手が緩む。僕はそのまま重力に引かれて尻もちをついてしまった。


 目の前では喉を掻きむしるグレーターデーモンの姿があった。

 そこでM29のことを思い出した。


 僕のM29は当初の設計から改造されていた。

 M29は銃身バレルが短いため、転移魔法陣で一度戻し、再加速しているが、モーゼスさんのアイデアで壁越しに撃てるよう、最後に30センチほど先に転移させる魔法陣が追加された。


 これは僕の探知魔術と予測線による射撃を有効に使うことを念頭に置いたものだ。壁越しでも探知魔術で敵の位置を把握できれば予測線が見え、奇襲が可能になるためだ。


 もちろん、ゼロ距離での射撃が必要なため、この転移魔法陣は常時発動させるものではなくオプションで、通常はその魔法陣に魔力を込めないように撃つ。


 今回は必死だったため、最近練習していた通りに最後の転移魔法陣にまで無意識で魔力を送っていたようだ。

 そのため、運よく魔力の障壁分だけ転移し、喉元に命中したらしい。


 グレーターデーモンはもがき苦しみながら光の粒子となって消えていった。

 安堵したが、すぐにローザの下に駆け寄る。


「ローザ! 無事か!」


 その声で意識が戻り、小さく頭を振った。


「た、倒せたのか?」


「運よくね。ここは危険だ。一度、工房に戻ろう」


 僕たちは転移魔術でモーゼスさんの工房に戻っていった。

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