第五十話「撤退」

 4月23日午前7時前。


 パーガトリー迷宮入口での激闘は終盤を迎えていた。

 ゴーレムまでは何とか抑えきったが、巨大な鬼であるオーガやトロール、ミノタウロスが現れたところで僕たち守備側に限界が訪れた。


 指揮を執るリンゼイ隊長に撤退を進言し了承されたものの、負傷者が多く、怪我をしていない者も疲労で動きが鈍っているため、このままでは簡単に蹂躙されてしまう。

 僕がM4カービンを乱射することで魔物たちを抑え込むしかなかった。


 たった一人で死地に残った形だが、勝算はあった。

 まず現状では飛び道具を使う敵はいないから、射程の長い僕の銃の方が有利だ。それに上位種でなければM4カービンの威力でもヘッドショットなら一撃で倒せる。


 それに迷宮の入口は幅8メートルほどしかないので、オーガのような巨体では精々3体しか並べず、20メートルほどの距離から銃弾を撃ち込めば、近寄られることなく倒すことができる。


 と言っても、マガジンを交換する間は攻撃できないし、敵は徐々に強くなっていくから、いつまでもここで足止めできるわけではない。


 僕自身の撤退は転移魔術の連続起動で十分に可能だが、少しでも敵を減らすためにモーゼスさんにもらったある武器を使うことにした。

 準備はある程度終わっているが、最後の準備をローザに任せている。


 オーガたちを30体ほど倒したところで、後ろからローザの声が聞こえた。


「ライル殿! 準備が完了した! 撤退も終わっている!」


「了解!」と答え、フルオートで銃弾を叩き込み、全速力で門に向かって走る。


 高さ10メートルを超える城壁に囲まれた中庭に迷宮の入口はある。

 中庭は一辺50メートルほどでそこが唯一の出入り口だ。


 門扉は幅3メートル、高さ3メートルほどで、その前には幅5メートル、深さ5メートルほど穴が掘られている。普段は木の橋が掛けられているが、その橋は既に破壊され、魔物たちが門に近づけないようになっていた。


 僕も閉じ込められた形だが、僕には転移魔術があるから1人なら10メートルほどは飛べるので、門の前の穴は障害にならない。


「城門の上でアメリアが待っている。スイッチもそこにある!」


 城門の上からローザが叫ぶ。

 城門の下までたどり着き、後ろを振り返ると、迷宮の入口から魔物たちが溢れ出てきた。

 すぐに僕を見つけ、ドタドタと言う感じで走ってくる。


「じゃあ、逃げるか」と言って、門の外に転移する。


 門は分厚い樫の板を貼り合わせ、鋼鉄製の板で補強した頑丈なものだ。それに太い閂が三重に掛けられ、破壊することは不可能だと思えるほどだ。


 城門の上に上がり、ローザと合流する。

 下を見ると、穴の前でオーガたちが止まっていた。しかしすぐに後ろから来たものに押されて次々と穴に落ちていく。

 深い穴だと思ったが、思った以上に早く埋まりそうだ。


「とりあえずアメリアさんと合流しよう」


「そうだな」と言って二人で城壁の上を走る。


 アメリアさんは背筋を伸ばして待っており、すぐに深々と頭を下げる。


「お疲れさまでした。ライル様」と言って、小さな箱を手渡してきた。


 その箱は一辺10センチほどの金属製で、細い金属製の紐が下に伸びている。


「言われた場所に設置してあることは確認した。すべて繋がっているかまでは確認していない」


「駄目で元々だし、一つでも使えればある程度は倒せるはず」


 城壁の下を見下ろすとオーガとトロール、ミノタウロスで溢れ返っていた。その数は既に50体を超え、上位種も混じっている。


 既に穴は魔物たちで埋まっていた。一番下の魔物も耐久力があるためか、死んでいないようで、魔物たちによって足場ができた形だ。

 その上に立つミノタウロスが門を破壊しようと斧を振っている。


「どのくらい持つかな? 少しでも時間が稼げればいいんだけど」


 その呟きにアメリアさんが答えてくれた。


「あの場所では力が入らないでしょうから、あと10分は大丈夫でしょう。ですが、ミノタウロスの上位種が現れれば、さほど時間を掛けずに門は破壊されてしまうと思います」


 城壁の上から門を破壊しようとするミノタウロスたちを狙撃していると、徐々に上位種の比率が上がってきた。その中には一回り大きなミノタウロスがいた。

 巨大な両刃の戦斧バトルアックスを持ち、禍々しいオーラを発している。


「ミノタウロスチャンピオンのようですね。あれがたどり着きましたら、門が破壊されることは間違いないですね」


 僕が狙撃で倒すより出てくる数が多すぎて、中庭には100体を超える魔物で溢れ返っていた。その間にも門扉は斧で叩かれ続け、破壊されるのは時間の問題だった。

 これ以上は無理だと決断する。


「アメリアさんは逃げてください。僕たちはあれを起動したら、予定通り鐘楼に登りますから」


「分かりました。では、お嬢様、ライル様、ご武運を」


 それだけ言うと、門から飛び降り、町の中に消えていった。


「さて、せっかくだし一緒に押そうか」


 そう言ってボタンのついた箱を差し出す。


「では、そうしよう」と言ってボタンの上に手を乗せた。僕はその上に手を重ね、下を覗き込む。


「3、2、1でボタンを押すよ。じゃあ、3、2、1、ゼロ!」


 手に力を込める。5秒くらい経った時、下から“バン!”という音が複数聞こえ、壁際から白い煙が上がり、放射状に何かが飛び出すのが見えた。


「ガァァァ!」という悲鳴にも似た雄叫びが中庭を支配する。


 100体以上いた魔物が光になって消え、残っているのは10体に満たない数だった。


「凄いものだな……」とローザが言うが、僕も同じ思いだ。


 今回使った武器は“指向性地雷”という名の武器だそうだ。幅30センチほどの四角い箱の中に50グラムの鉄の玉が200個ほど仕込まれており、それを風属性魔術の圧縮空気で爆発的に飛ばすものらしい。

 以前話を聞いた時、モーゼスさんは“クレイモア”と呼んでいた。


『……クレイモアを真似たものだが、威力はオリジナル以上だ。まあ、実戦で使ったことがないから、どの程度の威力があるかは分からないがね。作ってはみたものの、コストはとんでもなかったよ……』


 そう言って最後は笑っていた。

 レベル350以上の魔物から採れる高価な魔力結晶マナクリスタルを複数使っており、はっきりと聞いたわけではないが、1個に掛かる値段は5万ソル(日本円で約500万円)以上になるらしい。


 モーゼスさんがこれを作っていたのは、セブンワイズが何かしてきたら使うためだと言っていた。


『奴らは信用できないからね。逃げる時に使えば、奴らも警戒するだろうから……』


 それが10個仕掛けられており、四方八方から撒き散らされ、オーガたちを切り刻んだのだ。


『物理攻撃無効の敵には効かないし、味方がいるところでは無差別に攻撃するから注意が必要で使いどころは難しいんだが、対人戦なら結構使えるはず……』


 と言っていたが、レベル350の魔物相手でもこれほど効くとは思わなかった。

 こんなものを10個も用意し、セブンワイズに使おうというのだから、モーゼスさんは思っていた以上に過激な人だなと今更ながらに思った。


 残った敵を撃ち殺してもいいが、この混乱のうちに鐘楼に登れば、敵に場所を特定されにくいと考え、そのまま鐘楼に向かって走っていく。


 鐘楼は城壁に隣接する迷宮管理事務所の建物の屋上にあり、高さは30メートルほど。一辺が5メートルの四角柱で、天辺は三角屋根になっている。


 城壁の上から入れる扉があり、中に入る。内側には点検用の螺旋階段が設置されており、その階段の幅は狭く、人ひとりが通れる程度しかなかった。


 塔の真ん中を貫くように鐘を鳴らすためのロープが吊るされているが、今は操作する者もおらず、だらりと垂れさがっている。

 5分ほどで鐘楼の上に登り切った。


 鐘が吊るされている場所の下には雨避けなのか、木の板が設置されており、階段から上がる際もその板を押し上げて入る必要があった。


 最上部には三角屋根の中心から大きな鐘が吊るされ、鐘の周囲の壁はアーチ形になり、外がよく見える。

 それでも四隅の太い柱のお陰で外から丸見えということはない。


 下を覗き込むと、中庭には既に50体以上のオーガやミノタウロスがいた。そのほとんどが上位種のようで、城門を破壊しようとしている。


「ここから門を破壊しようとしている魔物を狙撃する。とりあえず周囲の警戒をしながら体力を回復させてくれ」


「承った。だが、ライル殿は大丈夫なのか? 撤退の時も一人で戦っていたが」


「少なくとも魔力MPは充分に回復しているよ。君もだと思うけど、さっきの攻撃で一気にレベルが上がっているから」


「そう言えば確認していなかったな……た、確かに。レベルが280になっている……」


 僕のレベルは293だ。迷宮の入口でオーガやミノタウロスを30体ほど倒し、更に指向性地雷で100体ほど倒したので、一気に20以上レベルが上がったのだ。

 そのため、MPも3万以上増え、残量は充分にある。


 M82アンチマテリアルライフルも出しているが、城門までは直線距離にして60メートルほどなので、MPの消費量が少なく、残弾数の多いM4カービンで狙撃することにした。

 M4用のスコープを取り付け、城門を破壊しようとしているミノタウロスに向けて射撃を開始した。

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