第四十九話「激闘」

 4月23日午前5時半頃。

 空は白み始め、群青色の空が徐々に薄れ、透き通るような水色に変わっていく。普段ならまだ寝ている時間であり、起きていたとしても爽やかな朝だと思っただけだろう。

 しかし、迷宮の入口で戦っている僕たちに空を見上げる余裕はなかった。


 ゴーレムたちの後ろから、巨大な鬼オーガが現れた。

 アイアンゴーレムに加え、強敵であるミスリルゴーレムも少数だが続いており、前線では僅かだが混乱があった。


 この頃、当初の班分けは有名無実となり、戦える者が前線に立つようになっていた。

 また、射撃台には対ゴーレム戦のため、弓術士が陣取っており、ゴーレムに効果が少ない魔術師たちは魔力を回復させるため、後方で休んでいたのだ。


「メイスじゃオーガやトロールに有効な攻撃はできん! 剣術士はこっちに来てくれ!」


「ゴーレムとオーガが入れ替わったぞ! 対応しきれん! 魔術師はまだか!」


 分かっていたことだが、ゴーレムとの戦いに慣れてしまったことが仇になった形だ。


「ゴーレムは今まで通り足止めしろ! オーガは足を集中的に狙え! 魔力に余裕がある魔術師は傷ついたオーガを狙うんだ!」


 指揮を執るリンゼイ隊長の叫び声が喧騒の中に響く。


「ゴーレムは任せてください!」と射撃台にいる弓術士に伝える。


「了解した!」という声が返り、


「オーガを狙うぞ! さっきと同じように全員で1体の顔に矢を撃ち込むんだ! 右の奴を狙え! 撃て!」


 とりあえずオーガは弓術士たちに任せ、僕はM82アンチマテリアルライフルでミスリルゴーレムを狙う。


 ミスリルゴーレムは350階の門番ゲートキーパーであるため、レベルは400ほどだ。僕より100以上高く、この距離で倒すとレベルが1つ上がり、MPが700くらい増える。そのため、実質的にMPは減っておらず、僕としても効率がいい。


 ミスリルゴーレムを倒し、次に現れるゴーレムを探す。割合としてはゴーレムの方が多いが、身のこなしが軽いオーガの方が前に出てくるのが早い。


 少し奥にいるゴーレムでいいと考え、積極的に狙っていく。


「グハァ!」という声が聞こえた。


 ゴーレムを倒した後に視線を向けると、1人の剣術士がオーガの棍棒を受け、5メートルほど吹き飛ばされた。


 その穴にローザが入り、棍棒を振り切った後のオーガの右脚を断ち切る。

 オーガはバランスを崩して転倒していくが、ローザは倒れる途中のオーガの首をきれいに斬り飛ばした。


(凄いな。この何時間かで相当強くなっている。僕も頑張らないと……)


 今の僕のレベルは270になったところで、彼女も260を超えているはずだ。戦いが始まった時、僕のレベルは228、ローザは200だったことを考えると、あり得ないほどのレベルアップを果たしていることになる。


 オーガに加え、醜い姿のトロールが混じり始めた。

 午前6時を過ぎた頃にはミスリルゴーレムは完全に途絶え、その代わりに、更に強敵のミノタウロスが現れるようになった。


 ミノタウロスはオーガより小柄だが、それでも身長は2.5メートルを超え、鍛え上げられた肉体を持つ魔物だ。更に斧術のスキルを持ち、巨大な両刃の斧を巧みに操る。

 無限の体力を持ち、斧を暴風のように振り回すため、懐になかなか入れず、迷宮内では遠距離攻撃で少しずつ体力を削っていく戦法が主流らしい。


 敵が変わったことから、M82からM4カービンに切り替え、通常弾の弾倉マガジンを装着する。


「前線に出ます!」と言って射撃台を降りる。ここからでも撃てるが、魔術師や弓術士に場所を譲った方がいいと考えたためだ。


「ライル様、前線でも戦えるのですか?」と後ろから聞きなれた声がした。


 振り返るとアメリアさんがいつも通りの姿で立っている。彼女も何度も前線に出ているはずだが、メイド服に汚れは一切なく、髪に乱れもない。その場でお茶を入れると言われてもまったく違和感がないほどだ。


「はい。ミノタウロスでも大きいので、前に出ても狙えますから」


 一部の鬼人族や獣人族の戦士はミノタウロスと同じくらいの体格だが、他は50センチ以上背が低いため、頭を狙う分には前線のすぐ後ろでもそれほど支障はない。


「分かりました」と答えた後、僕の耳に顔を近づけ、小声で話しかけてきた。


「そろそろ潮時のようです。あと1時間ほどで撤退の合図が出ると思いますので、ご留意ください」


「分かりました。ローザのことは任せてください。アメリアさんも必ず生き残ってください」


 それだけ伝え、前線に向かった。

 迷宮の入口の地面には魔物たちのドロップ品である金貨や銀貨、魔力結晶マナクリスタルが敷き詰められている。他にもゴーレムたちが落としたインゴットやオーガの持つ棍棒などもあり、雑然とした感じだ。


 アメリアさんは僕の横をすり抜け、前線でトロールと戦っているローザの横をすり抜け、敵の中にスルスルっと入っていった。

 その直後、オーガとミノタウロスが唐突に転倒する。見えなかったが、アメリアさんが2本の短剣でオーガたちの足の腱を断ち切ったのだろう。


「僕も負けられないな」と呟き、セミオートにしたM4カービンを構える。


 僕が狙うのはミノタウロスだ。この中では最も危険で、既に何人もの前衛がやられている。


 2人の剣術士が1体のミノタウロスと渡り合っていた。

 僕との距離は5メートルほど。激しく動いているが、この距離なら頭を狙っても外すことはない。


 白い予測線に従って慎重に照準を合わせ、引き金を引く。

 パンという音と共にミノタウロスの右目付近が吹き飛ぶ。弾丸が脳に達したのか、ミノタウロスは光になって消えていく。


「助かった!」と剣術士に言われるが、目で応えるだけで、すぐに別の獲物を探す。


 ローザの前のトロールは彼女に倒されており、その後ろから来たオーガに照準を合わせる。

 小賢しいことに僕の銃を警戒しているのか、巨大な棍棒で顔を防御しながら突進してきた。

 しかし、棍棒ではすべてを隠すことができず、喉を撃ち抜き、絶命させる。


 20分ほどはそんな感じで敵を倒していたが、僕の周りでは味方の剣術士や槍術士が次々と倒されていた。

 既に交代要員も底を突いたらしく、僕とローザ、アメリアさんの他に5人の戦士が肩で息をしながら戦っていた。


 ローザも激戦で疲れているのか、愛刀の黒紅を地面に突き刺すようにして肩を大きく動かしている。

 アメリアさんの言葉が思い浮かぶ。


(そろそろ潮時だな。上位種が出てきたところで撤退の合図があるはずだ。でも、この状態だと下がることもできない。あれを使うしかないな……)


 指揮を執るリンゼイ隊長は既に前線に出ていた。

 僕はその横に行き、


「後ろにオーガウォーリアが見えました。もう限界だと思います」


「だが、少しでも時間を稼がねばならん」


「今なら町の中で戦えます。このままここにいれば撤退すらできずに全滅してしまいます。今なら負傷している人を助けることもできるんです」


「しかし……」


「昨日話した、あれを使います。今ならまだ間に合いますが、人がいたら使えません!」と強く言う。


 昨日のうちにモーゼスさんからもらった武器のことは話してあり、秘かに準備してあった。


「本当にあれで足止めできるのか?……」


「ここにいても10分くらいしか変わりません。それなら失敗覚悟で使った方がいいと思います」


 その時、隊長にもオーガウォーリアの姿が見えたようだ。


「そうだな。今は信じるしかないか……分かった。撤退命令を出そう……」


「僕が時間を稼ぎます。5分くらいは何とかしますから、その間に」


 リンゼイ隊長は頷くと、即座に撤退命令を出した。


「撤退する! ライル君が敵を足止めしてくれる! その間に仲間を連れて脱出してくれ!……」


 僕は最後まで聞くことなく、フルオートに切り替え、前線に躍り出る。

 前線に出ているオーガとミノタウロスを倒し、更にその後ろにいたオーガウォーリアの頭に5.56ミリ弾を3発撃ち込む。結果を見ることなく、その後ろのトロールにも同じように弾を撃ち込み、マガジンの中の弾丸を撒き散らして敵を怯ませる。


「ライル殿!」とローザが僕の横に現れた。


「あれを使う! 準備してくれ」


「承った!」と言い、片手を上げると、ローザはアメリアさんと共に門の方に走っていった。


 負傷者を連れたシーカーたちが撤退しているが、あと2、3分は掛かりそうでその時間を稼がないといけない。

 マガジンを交換し、迷宮の入口で仁王立ちになり、敵を迎え撃つ。

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