第一話「諦観」
大陸暦1117年9月。
僕の名はライル・ブラッドレイ。魔導伯爵家の元嫡男だ。
僕はスールジア魔導王国の王都シャンドゥの下町で、空を見上げながら、15年という短い人生をぼんやりと振り返っていた。
(……僕の絶頂期は魔導学院を首席で入学した12歳だったなぁ……全属性が使えるって分かっていて、魔力もあの
僕には元素系魔術と呼ばれる火、風、水、土の各魔術に加え、治癒や対アンデッド系の魔術である神聖魔術、精神系の魔術である暗黒魔術、時間や空間を操る時空魔術、魔導具に魔力を付与する付与魔術、そのすべてに才能がある。
聞いた話だが、魔導王国と呼ばれるこの国でも優秀な魔術師で4属性、一般の魔術師なら1属性のみという者が多いそうだ。暗黒や時空といった希少な属性の才能を持つ者は特に少ないらしい。
それだけではなく、王立魔導学院の入学試験の時の魔力測定では、過去最高の魔力保有量を示したらしく、多くの人が“将来が楽しみだ”と言ってくれた。
(あの頃はみんな優しくて、本当に楽しかった。友達だっていた。でも……)
僕には致命的な欠点があった。
それは魔力の放出量が極端に少ないことだ。初級の魔術ですら何とか発動するというだけで、実用には程遠い威力しか出せなかった。
魔導学院の一年生の時はまだよかった。最初は座学が中心だったから、落ちこぼれるところまではいかなかったから。
でも、二年生になって実技が増えてきた頃から、僕の転落は始まった。
(どれだけ努力しても駄目だった……マーカスたちには散々馬鹿にされたな……)
同級生だったマーカス・エクレストンはブラッドレイ家と同格の魔導伯家の生まれで、首席で入学した僕に対し、初めから何かと突っかかってきた。
でも、僕が落ちこぼれると、それがいじめに変わった。
『お前の
言っていること自体は正しい。
実際、僕の“火の玉”は直径2センチほどしかなく、生活魔術の“点火”と大きさは大して変わらない。
飛ぶ速度も小さな子供が石を投げたほどしかなく、“攻撃魔術”というにはあまりにお粗末だと自分でも思っていたから。
出力が出せないで悩んでいた時、担任だったシドニー・カールソン先生が補助スキルを覚えることを勧めてくれた。
『今は威力が出せないだろうが、今後のことを考えて今からいろいろ覚えた方がいい。必ず役に立つのだから……』
先生の勧めに従って、習得が難しいと言われる“無詠唱”や“多重発動”のスキルを覚えた。
多重発動で8個のファイアボールを発動したことがあったけど、それを見たマーカスは更に馬鹿にしてきた。
『そんな蝋燭みたいな火をいくつ集めたって、攻撃魔術にはならないって分からないのか?』
僕自身、嫌というほど理解していたから、反論することなく、無言を貫いた。
それをいいことにマーカスの取り巻きたちも一斉に馬鹿にし始めた。
『お前がいると同じクラスの俺たちまで馬鹿にされるんだ。さっさと学院を辞めてくれ』
『魔術がまともに仕えない奴が魔導伯家の跡取りだって? ほんと笑わせてくれるよな』
最初のうちはそんな暴言だけだった。
僕はいつか見返してやると心に誓い、我慢に我慢を重ねた。しかし、いじめは次第にエスカレートし、奴らは僕に暴力を振るい始めた。
入学時には友人だと思っていた同級生たちも、魔導伯家のマーカスを恐れたのか、それとも無能な僕に利用価値がなくなったと思ったのか、誰も助けてくれなかった。
唯一、カールソン先生だけは僕を庇ってくれた。そのお陰で障害が残るほどの傷を負うことはなかったけど、学院に行けば必ず暴力を振るわれた。
それでも僕は耐えた。まだ逆転のチャンスがあると信じていたから。
あの頃はまだ15歳になっていなかったから、成長の余地があると思っていた。いや、そう思い込むことでそれに縋っていた。
確かに魔術師の才能の開花のタイミングは、人によってまちまちだ。15歳になるくらいで突然魔術が使えるようになる者もごく僅かだけど存在する。
実際、同じクラスにも二年生である14歳の時には僕と同じように初級魔術しか使えない者は数名いた。しかし、彼らも15歳になると、徐々にだが中級魔術を使えるようになっていた。
そう、僕だけが取り残されたのだ。
それだけでもきつかったけど、一番辛いと思ったのは実家であるブラッドレイ魔導伯家の対応だった。
当主である父レイモンドは三年生に進級したところで、僕に引導を渡した。
『お前を廃嫡し、クリストファーにこの家を継がせる』
クリストファーは腹違いの弟だ。
僕の母マーガレットは僕が生まれた直後に亡くなり、その一年後に後妻となったナターシャの息子だ。
クリストファーは僕より2つ年下で、父が僕を廃嫡したのは、弟が魔導学院に首席で入学した直後だった。
弟は元素系の四つの属性の才能を持ち、既に中級魔術まで操れる天才であり、父は僕に見切りをつけ、弟に次代を託すと決めた。
父は気が進まないと言っていたが、僕のことが世間に知られると魔導伯の爵位を取り上げられるかもしれないと考えたそうだ。
廃嫡自体は仕方がないと思っている。僕が父と同じ立場なら同じ判断をしたはずだから。
クリストファーとは割と仲がよかった。だから弟が名門ブラッドレイ家を継ぐなら自分が身を引くことに躊躇いはない。
しかし、それだけでは済まなかった。
魔導学院を自主的に退学するよう命じられたのだ。これも世間体が悪いからという理由で、その頃の僕はまだ自分の可能性に賭けていたから、魔導学院を退学することは認めたくなかった。
それでも家のためには仕方がないと諦めた。
更に追い打ちをかけるように、ブラッドレイ家と縁を切り、屋敷から出ていくように命じられた。
学院と実家しか知らない僕にとって、その両方から出ていけと言われたことは大きな衝撃だった。
何とか三年生の最後まで学院に通うことと屋敷にいることは認めてもらえたけど、終業式の翌日には僕の居場所はどこにもなかった。
それでもまだ一縷の望みは持っていた。
それは
セブンワイズは下級貴族以下ではその存在すら疑われるほど姿を見せない存在だ。しかし、ここスールジア魔導王国を守護している強力な存在で、レベル600を超え、伝説の魔王とすら戦えると言われている。
そのセブンワイズの賢者様が僕のことを気に掛けているという事実は大きかった。それだけが僕の支えだった。
そこでレベルを上げる方法を考えた。
レベルアップは魔物を倒した際に吸収する魔力によって起きるとされている。なら、魔術以外で魔物を倒してもレベルは上がるはずで、その方法を得るために剣術の修行を始めた。
屋敷を追い出されたけど、父は僕のことを心配しており、生活費だけでなく、それとなくいろいろと手を回してくれていた。
その父に頼み込み、剣術の師匠を探してもらった。そして、剣ダコができるほど毎日修行に励んだ。
筋肉痛は辛かったけど、徐々に剣が振れる回数が増えていくことに成長を感じ、期待が膨らんでいった。
しかし、二ヶ月後の今日、僕は絶望を味わった。
師匠に呼び出されて言われた言葉は、「残念だが、お前には剣の才能が全くない」というものだった。
通常、天才であれば修業を始めて10日ほどでスキルを得ることができる。
剣で身を立てることができる程度の才能があれば、一ヶ月も修行すればスキルを得られると聞いていた。しかし、僕の場合、二ヶ月間も真面目に修行したのに、スキルを得られていない。
つまり、剣で魔物を倒して、高いレベルに上がることは叶わないということだ。
その事実を突きつけられた。
それでも槍や弓ならと考え、師匠に食い下がる。
「槍や弓ならどうですか!
「残念だが、ベースになる筋力や柔軟性、耐久力が圧倒的に足りない。反射神経は悪くないが、武術の才能がない上に修行を始めるのが遅すぎた。どれほど厳しい修行をしたとしても二流にすらなれん」
師匠に言われたことは自分でも何となく感じており、それ以上食い下がることができなかった。
残る手段は“パワーレベリング”と言われる方法だが、レベルを10くらい上げるならともかく、100以上上げようと思えば、数千万ソル(日本円で数十億円)は必要だ。念のため、父にそれとなく確認したが、そこまでの金はないと言い切られている。
これで完全に詰んだ。
魔術でも駄目。武術でも駄目。パワーレベリングも駄目。思い付く限りの方法がすべて否定されたのだ
不思議なことに、思ったより落ち込んでいない。
多分、これまでやってきたことが悪あがきに過ぎないと心のどこかで思っていたからだろう。
だから、もう無理をしなくてもいいと、逆に安心したのだと思う。
あとはどうやって生きていくかだ。
実家から追い出されたし、収入を得る手段を探さないといけない。
実をいうと、家を追い出されてから常にどうやって生きていくかを考えていた。そのことを考える時、いつも心に浮かぶのは退学する時にカールソン先生に言われた言葉だった。
『君の才能なら、学院の補助教員か、魔導具の職人になってはどうかな。補助技術を短期間でたくさん覚えているし、付与魔術も使える。時空魔術が使える職人は食うに困らないそうだから』
先生は僕の才能を生かす道を示してくれたのだ。
マーカスたちがいる学院に戻るのは嫌だったから、職人になる道を考えてもいいと思った。
そこで魔術師通に行って職人見習いの募集があるか探そうと考えた。
魔術師通はシャンドゥの北にある魔導具店や魔導書店が並ぶ一画で、世界一の規模を誇る魔術の町だ。
そこに行けば、僕の将来は開けるんじゃないかと思い始めていた。
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