第143話:☆訪れたチャンス

「それでは始めますね。リリィさん、まずはベッドにあるシーツを回収してください」


 メイド長もリーズの様子を気にすることなく、慣れたような態度で動き始めた。


「リリィさん聞いてますか? そこで立ってないで動いてください」

「……あ。うん。ごめん。すぐやるよ」


 リリィは荷物を置いてからベッドまで移動した。

 この部屋のベッドは意外と大きく、リーズ1人では大きすぎるほどのサイズだった。それに加えて精巧な彫刻が掘られていて、様々な装飾が施された豪華な物である。

 素人目で見ても高級品だと感じられるほど立派で、王族に相応しいといえるベッドだった。


 だがリーズはそんなベッドで寝ているであろうにも関わらず、嬉しそうな様子は微塵も感じられなかった。


「まずはシーツを取り替えます。同時にはがしますよ。できるだけホコリが立たないようにゆっくり行ってくださいね」

「分かった」


 メイド長が動き始めると、リリィもその動きを真似するように手を動かした。

 はがしたシーツを折りたたんで一旦置いておき、持ってきた新しいシーツを取り出した。

 そのシーツを広げてベッドに乗せようかと動いた時だった。


「…………これは」


 メイド長の動きが止まり、とある個所を見つめ始めた。その視線の先には、小さく薄い染みがあったのだ。

 大抵の人なら気づかないであろう小さなもの。例え気づいたとしても、殆どの人は気にせず無視してしまう程度に薄かった。そんな染みがあるのを発見したのだ。

 このまま気にせずに続けることも可能だったが、それはメイドとしてのプライドが許せなかった。


「洗い直しですね……」

「どうしたの?」

「持ってきたシーツに汚れがありました。これをリーズ様のベッドに使用するわけにはいきません。別の新しい物と交換する必要があります」


 リリィの目にはどこに汚れがあるのか確認できなかったが、メイド長がハッキリ言い切ったのでそれで納得することになった。


「仕方ありません。一度戻って他の物と取り替えてきます。リリィさんはここで待機してください」

「……! うん、そうする!」

「くれぐれもリーズ様に粗相のないようにしてくださいね。いいですね?」

「大丈夫だって。任せろ」


 不安なメイド長であったが、今はそれどころではなかった。


「では頼みましたよ」


 メイド長は「他のにも汚れがないかチェックしないと……」とブツブツ言いながら部屋から出ていった。


「…………よし」


 残されたリリィは小さく喜ぶ。予想外の出来事が起きたが、このチャンスを逃す手は無い。

 そう思い、窓際で座っているリーズの元へと移動した。


「なぁなぁ。お前ってリーズって言うんだよな?」

「…………?」


 リーズはあまり興味無さそうな表情でリリィを見上げる。


「ここの国王にさ、一緒に仲良くしてほしいって言われたんだよ。だから何か話さないか?」

「…………」


 反応はかなり薄く、本当に聞いてくれているのか疑わしいほどだった。

 さすがのリリィもここまでそっけない態度だとは思わず、少し困惑してしまう。


「う~ん…………どうしよう……」


 何から話せばいいのか思いつかず考え込む。

 だがいい案が思いつかず、本来の目的を果たすことにした。


「そうだ。あのさ、ゼストって知ってるか?」

「………………………………ッ!? ゼストくんを知ってるの!?」


 態度が急変し別人のように表情が変わるリーズ。


「うん。知ってるぞ。というかアタシの仲間だし」

「ねぇ! ゼストくんはどうしてるの!? 今どこに居るの!?」

「どこって、この街に居るぞ。アタシと一緒に来たんだし」

「……!」


 リーズは立ち上がって急いで窓の外を覗き始めた。

 ここからは街並みを眺めることができるが遠いためか、どこに誰が居るのか判別可能なほど便利な場所ではなかった。


「ゼストくん……来てたんだ……」


 窓際に乗り出しそうにするリーズだったが、すぐに離れて椅子に座ってしまう。


「ゼストくん……会いたいよぅ……」


 再び暗い表情になり、うつむいてしまう。

 そんなリーズに対してリリィも気になって話しかける。


「じゃあ会いに行けばいいじゃん。宿屋に居るって言ってたし、アタシが案内しようか?」

「それは無理なの……」

「何でだ? そんなに遠くないぞ?」

「違うの……ここから出られないの……」


 予想外の言葉が出たことに驚くリリィ。


「出られない? どうしてなんだ? そこのドアから出ればいいじゃん」

「だって……部屋の外には見張りがいるから……」

「見張り? あいつらはこの部屋を守るためにいるんじゃないの?」

「それもあるけど、本当の目的は私をここから逃がさないために居るの。だからここから出られないの……」

「ふ~ん……」


 ドアの近くには常に2人の兵士が配置されている為、見つからずに部屋を出ることはほぼ不可能な状況であった。

 さすがのリリィも現状について察し始めていた。つまりリーズは、この部屋で軟禁状態になっていたのだ。


「そもそも何でこんなことになってるんだ? リーズは王族なんだろ? だったら外に出ることぐらい簡単なんじゃないの?」

「無理だよぅ……」

「でも王族だったからここに来たんだろ? だったらどうしてこんなことになってるんだ?」

「違う……違うの! 私はこんなこと望んでない!」


 ついさっきまで無反応だったとは思えない程に感情を出すリーズ。

 リリィもそんな様子に少し驚いていた。


「私が王族なんて知らなかったの。そんなこと今まで全然気が付かなかったし……」

「それでも王族だと分かったらここで暮らそうと思ったんじゃないの?」

「そんなのどうでもいいの。私はゼストくんに会いたかった。ただそれだけなの……」

「ん? どういうこと?」

「ある日突然ね、知らない2人がやってきたの。それで養子にしたいって言ってきて、最初は付いていくつもりは無かったの……」


 その出来事を思い出したのか、リーズの声は小さくなってしまう。


「だって孤児院から離れるつもりは無かったもん。ゼストくんといつか会いに行くつもりだったし。だから最初は断ってた。でもゼストくんに会わせてくれると言ってきたの。それで付いていこうと決心したのよ……」

「でもここってゼストが居る街とは全然ちがう場所じゃん」

「騙されたの……。少し遠くの場所に屋敷があるって言ってきたから馬車に乗った。でもセレスティアからどんどん離れて行っておかしいと思った時にはもう遅かった。そのままここに連れてこられてこの部屋に閉じ込められたの……」

「ん? それってリーズは王族じゃないってこと?」

「分かんない。向こうはそう言ってるけど、私が本当に王族かどうかなんて知らないもん……」

「ふ~ん……」


 リリィは部屋全体を見渡す。この部屋は素人目で見ても普通とは違う豪華な作りだと分かる。あまり知識の無いリリィでも、金持ちが住みそうな立派な部屋だと思える程度には豪華だ。

 まさしく王族に相応しい言える部屋だった。


 リーズが王族だからこのような部屋が用意されたのは理解できる。

 だが王族にも関らずどうして軟禁状態になっているのか。そんなリーズの現状に対して違和感を覚えるリリィであった。


 しかし明確な答えに辿り着くことは今のリリィにはできなかった。


「私……これからどうなっちゃうんだろう……」

「何か言われてないのか?」

「この部屋から出るなとしか……」

「そっか……」


 何とかしてゼストの元にリーズを連れていきたい。その方法を考えるリリィ。

 国王に話しても解放してもらえるとは思えない。となると、リーズを連れて脱走するしか方法が無い。


 しかし部屋から出ようとすれば、間違いなく兵士達に見つかってしまう。それだとすぐに騒ぎなってしまい、逃げ切ることも難しくなってしまう。特にリーズを連れて行くとなると難易度が跳ね上がる。


 やはりここからリーズを連れ出すことは非常に困難であることには変わりないだろう。


「こんなことになるのなら……ずっと孤児院に居ればよかった……。ゼストくんに会いたかっただけなのに……」

「…………」

「うう……ゼストくん……会いたいよぅ……! ゼストくぅん……」


 とうとう泣き出してしまうリーズ。


 もう少ししたらメイド長も帰ってくるだろう。そうなったらこうして二人きりで会話することもできなくなる。

 このチャンスは二度と訪れないかもしれない。


 リリィは部屋の中を見回してどうにかできないかと考える。

 そしてとある方向を見つめてあることを思いつく。


「ならアタシがここから連れ出してやるよ!」

「……え?」

「ここから出たいんだろ? ゼストに会いたいんだろ? だったらアタシに任せてくれないか?」 

「本当に……できるの? ここから出してくれるの?」

「できるさ! アタシがゼストに会わせてやるよ!」

「……!」


 リーズはリリィの服を掴み、叫ぶ。


「お願い! 私をここから出して! ゼストくんに会わせて!」

「おう! 任せろ!」


 リリィはリーズの側に少し屈む。そして両腕でリーズを抱きかかえて持ち上げた。

 いわるゆる『お姫様だっこ』の状態だ。

 そして窓に近づき、窓枠の上に乗った。


「ま、待って! どうする気なの!? まさかここから飛び降りるの!?」

「うん。これなら迷わずに出られるからな!」

「で、でも……」


 リーズはリリィの胸の大きさに驚く暇もなく慌てる。

 下を見ると、ここから飛び降りるにはあまりにも高すぎる。もしここから落ちたら大ケガは免れないだろう。そう予感させるには十分な高さだった。


「だ、だめだよ! ここすごく高いよ!? こんなところから落ちたら……」

「いくぞ! しっかり掴まってろ!」

「ちょっと待――」


 リリィは窓枠を強く蹴り、空中へと飛び出した。

 そして地面向かって落下していった。


「きゃああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」

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