第93話:馬の代用

 周囲の盗賊共が居なくなった後、荷車に戻った。


「お前ら無事か?」

「大丈夫よ。向こうもすぐ逃げていったから」

「そうか」


 どうやら被害は無さそうだ。襲われてなくてよかった。


「しかしすごいわね。ゼストのお陰でみんな居なくなっちゃったもん」

「俺としてもあんなにアッサリ引いてくれたのは予想外だったけどな」

「少し怖かったので無事でよかったです……」

「大丈夫だって! 何が来てもアタシが守るからさ!」


 さすがに人数が多かったからな。無傷で追い返すことは難しかったかもしれない。

 でも結果的に守ることが出来て安心した。


「君達ありがとう! お陰で荷物は全部無事だ。こんなにもすんなり追い返すなんて素晴らしい成果だ」

「あたしは何もしてないけどね。全部ゼストがやったことだし」

「それでもワシを守ろうと行動してくれたことには感謝しているよ。何が起こるか分からないからな」

「そ、そうね」


 照れくさそうに笑うラピス。

 そんなラピスを見てフィーネも微笑んだ。


「だが……困った事になった」

「え? どうかしたの?」

「馬を失ってしまったからな……」

「あ……」


 ブライアンが指さす先には、血を流して横たわっている馬の姿があった。明らかに手遅れな状態だった。

 突然襲いかかって先に馬を狙われてしまったからな。さすがにどうしようもなかった。


「酷い事するわね……」

「お馬さん可哀そう……」

「むぅ~……やっぱりあいつら許せない……」


 つまりここで立ち往生してしまうことになる。


「しまったな……すまなかった。もう少し警戒しておくべきだったか……」

「いやいや。ゼスト殿は悪くない。命があるだけで十分だよ。荷物も無事だしな。今回は運が無かったんだ」

「責任はあたしにもあるしね……」

「まぁそう自分を責めないでくれ。よくやってくれたよ。それより今はこの状況を何とかせねば」


 馬を失った馬車はただの置物と化している。この場から動かせそうにない。

 このままではセレスティアに戻ることが出来ない。


「盗賊共が素直に撤退したのはこれのせいだろうな」

「だろうな。この場から動けないなら危険を冒す必要も無いと判断したのだろう」

「ってことは……またあいつらがやってくるってこと?」

「ほぼ間違いなくそうだろうな。仲間を引き連れて再び襲ってくるかもしれん」


 それはマズイな。さすがにずっと守りながら戦うのは厳しい。

 しかも向こうはどれぐらいの戦力を引き連れてくるのか未知数だからな。もしかしたら近くにアジトがあるかもしれない。


「というか盗賊の数がやけに多かったよな。馬車1つ襲うのにあんなに大人数を用意するもんなの?」

「……もしかしたら先程の盗賊達は〝エンペラー〟かもしれん」

「え、えんぺらー? 何それ?」

「有名な大盗賊団のことだよ。最近は勢力を伸ばしてきてますます厄介になってきている」


 初めて聞く名だ。そんな名前つけてるんかい。


「そんなに厄介なの?」

「噂によれば、仲間だけで街が形成出来そうなほどに拡大していると聞いている。それぐらい数が多いんだよ」

「へぇ……」


 エンペラーねぇ……

 そんな面倒な盗賊団があるとはな。


「ってことは、奴らを殲滅するのは無理か……」

「恐らくな。もし次の襲撃を凌げたとしても、また仲間を引き連れてやってくるかもしれん」


 持久戦は悪手ということか。本当に厄介だな。

 やはりこの場から離れたほうがよさそうだ。


「どうにかならないの?」

「荷物を捨てる覚悟をしたほうがいいかもしれん……。レオン殿には申し訳ないが……」


 それは困るな。せっかくアイアンスパイダーの素材が手に入ったってのに。これでは無駄足になってしまう。

 どうするかな……


 うーん……


 …………


 …………あっ。

 ひょっとしたら……いけるか?


「ちょっと聞きたいんだけど。馬じゃなくても平気?」

「どういうことだ?」

「馬は無いけど、馬の代わりなら用意できるからさ」


 召喚したままのダイナを見て思いついた。

 もしかしたら馬の代用になるかもしれない。


「馬の代わり……?」

「まぁ代わりというか……サソリなんだけどさ……」

「まさか……」

「うん。俺の召喚したダイナならいけるかもしれないと思って」

「出来るのかね?」

「物は試しだ。やってみるよ」


 俺はダイナの元へと向かい、近くまで移動した。


「なぁダイナ。聞いた通り馬を失ったからここから身動き取れないんだ。ダイナが馬車を引くことって出来るか?」


 言い終わると、ダイナは「俺に任せろ」と言わんばかりに片方のハサミを上げた。

 そしてすぐに動き出して馬車の前へと移動し、その場で方向を変えて尾の部分を馬車に向けた。

 俺とブライアンで、ダイナの胴体と尾の部分に馬車と連結させて固定。これで馬車を引ける準備は整った。

 そして皆で馬車に乗り込んで準備完了。


「じゃあ頼んだぞ。ダイナ」


 すると――


「……! おお! 動いた!」

「いけるもんだな」


 無事に馬車は動き出した。思ったより安定している。

 もしかしたら馬より早いかもしれない。


「これでセレスティアに戻れるな」

「いやぁ素晴らしい! まさか馬の代わりまで用意できるとは。ゼスト殿は実に優秀だ!」

「ま、まぁ役に立ってよかった」


 しばらく動き続けていたが、特に問題が無く動けるようだ。

 一時期はどうなるかと思ったが、ひとまず安心ってところか。


「しかし……ワシも長年馬を操ってきたが、このような大きなモンスターが引くのは初めての経験だ……」

「安心してくれ。俺だって初めてだよ。戦闘以外の活用法なんて思いつかなったし。こんなことするのは最初で最後だ」


 ゲーム中でもこんな使い方をしたことはない。やるならもっと相応しいモンスターがいるからな。


「さすがゼストだわ。まさか馬車を引けるモンスターまで召喚できるなんて……」

「本当ならもっと別のやつがよかったんだけどな。でも俺が召喚できるモンスターは尖った性能・・・・・してる奴ばかりなんだよな。馬車を引けそうなのがダイナしか居ないんだ」

「そ、そうなのね……」


 巨大サソリが馬車を引くというシュールな光景なせいで、内心複雑な思いだった。

 しかしその後は盗賊に襲われることもなく、安全に進むことが出来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る