なんでも治せるおじいさんがいた
緒方溪都
なんでも治せるじいちゃんがいた。
おもちゃも金属も、とにかくなんでもだ。
僕がご飯の支度をしていたら、女の子が見ていた。
とても綺麗な洋服を着て、髪の毛もちょこんと結んでリボンをつけて、体には似合わないサイズのジャム瓶を持っていた。
目が合うと、しばらく見つめあった後居なくなってしまった。
次の日も。「なんでも治せるの?」
「じいちゃんならなんでもだよ」
次の日、女の子はじいちゃんのところに来た。
じいちゃんは瓶を見るなりこう言った。
「57000円」
今までお金なんてとったことなかったのに、ちょっと見ただけで、お金を持ってこいと言って帰した。
次の日1万円札を2枚ヒラヒラさせて、その子は来た。
無言でお金と瓶を渡して、じいちゃんをじっと見る。
じいちゃんは渋々瓶を開けて観察した。
「これ、中身も全部か?」
女の子は頷いた。
じいちゃんは瓶の中のきゅうりみたいなやつを出して、眺めたあと、口に入れた。
味と中身を確認して言った。
「こりゃ中身カビだらけじゃ。ほれ。どうやって治すんじゃ」
なんでも貸してみろと、ひょいひょい治していたじいちゃんが、そんな意地悪なこと言うなんて、なんかおかしかった。
女の子は黙ったまま。俯いて瓶を持って帰ってしまった。
次の日もその女の子は来た。毎日毎日。
「こんなものがなんじゃっていうんだ」
じいちゃんは瓶のあちらこちらを見るだけ。
女の子は黙って見るだけ。
でも女の子もじいちゃんも、穴のあくほどその瓶を見ていた。
ある日。じいちゃんは何年も開けてないような部屋にいた。
「あれ、あんためずらしいねぇ。ついに打つんか」
「試すだけじゃ」
じいちゃんは、酒の瓶を機械で綺麗に切って、それをまた違う機械において、丁寧に回していった。
陶芸みたいに、形を整えて回していった。
瓶は広く厚くなった。
あの女の子が持ってきたジャムの瓶みたいに。
それから、色をつけたりして、完成した。
一緒ではないけど、よく似ている手作りの瓶って感じ。
そしたらじいちゃんは、そんなもの持ってるんだとびっくりしたけど、スーツを着た。
スーツをきて、大事そうに瓶を持って、玄関前で通りを見ていた。
「そろそろいつも来る時間なんじゃがな」
女の子の来る時間なんて気にしてなかったのに、じいちゃんはちゃんとチェックしていた。
そして、じいちゃんは玄関に戻っていった。初めて見たけど、ちょっと笑っていて嬉しそうだった。
ちょうどじいちゃんが家に入ったとき、女の子が通りの向こうから歩いて来るのが見えた。
じいちゃんこのまま、ここにいればよかったのに。
女の子はいつもの何もない顔で、瓶を抱えてゆっくりたどたどしく歩いていた。
女の子が歩いているのを初めて見た気がする。
家ではいつも座っているか立っている。
歩き方を見たら、やっぱりまだ子供なんだなと思った。
蝶を見つけたのか、手を伸ばして少し追いかける。
そしたら、急に上の方を向いて、「あ、おもち」と言った。
おもち?僕には何も見えなかった。
そのまま女の子は「とらなきゃ」と言いながら、電柱を登っていって、屋根の上に上がって、手を上に伸ばしていた。
家の中のじいちゃんを見たけど、やっぱり少し嬉しそうな顔で、瓶を見ていた。
呼ぼうかと思ったけど、じいちゃんが女の子のこと好きなのかわからなかったから、迷った。
「とらなきゃ、もう少し、えいっ」
「あ」
女の子が跳ねたとき、屋根の瓦がズレて、着地と同時に、一緒に落下していった。
すごい音がした。
瓶は電柱のそばに置いてあった。
人はあっけなく死ぬんだ。
じいちゃんは、葬式も何もかも終わった後、お墓に瓶を持って行った。
電柱のそばにあった瓶はどうしたんだろう。
じいちゃんは自分が作った瓶をお墓において、座り込んでお墓の文字を見ていた。
ちょっと泣いているようにみえた。
「あんたがその機械を動かすなんて、何年振りかね。何事かい?」
「ありゃ娘の子じゃ。娘の子が、昔わしが作った瓶を持ってきたんじゃ」
「あの、出て行った娘かい?勘当したんじゃなかったかね?」
「したさ。人様の旦那の子が腹にいて、産むっていうんだからね」
「そしたらあの子がそうかい」
「あぁ」
「そしたら娘さんは?」
「風の噂に死んだと聞いたがな」
それから誰も何も言わなかった。
さっきまで鳴いていた蝉がひっくり返っていた。人も蝉も、あっけなく簡単に死ぬ。
そういえば、あの子の瓶はどこが壊れていたんだろう。
なんでも治せるおじいさんがいた 緒方溪都 @yani82
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