「6×2は」

うるさい!ミント

「ちーちゃん寝なさい」


 いつものことだ。

 ちーちゃんは怒った様な唸り声を出した。

 ママも言うだけ言って寝室に入っていく。

 居間に残されたのはちーちゃんと俺。

 ちーちゃんは宿題をやっているらしい。

 珍しく机に向かっているからそう思った。

 プリントを上から覗くとかけ算をしていた。

 胸が痛くなった。

 痛く…なったんだ。



 いつだっただろうか、ちーちゃんが発達障害であることに気づいたのは。

 違和感を持ったのはゲームをしている時、ちーちゃんが小学二年くらいの時。


「なんで走りながら飛べないんだよ!」

「歩きながらBって言ってんだろうが!」


 その時、ちーちゃんは泣いた。

 よくわからなかった。

 何でこんなことも出来ないんだ、ただそう思っていた。



 確信に変わったのはママの言葉だ。

 今でもはっきりと覚えている


「違うの。できないの、ちーちゃんは。」


 中学二年生の俺の思春期を醒ますには十分な言葉だった。

 その日から俺は今の俺になった気がする。

 


 現実を叩きつけられた感覚が俺を襲った。

 だって、だって来年高校入学だろ。

 何ができるんだよ。

 先週ちーちゃんは支援学校の体験入学で厳しいと言われたそうだ。

 理由は喋らなかったから。

 単純明白な答えだ。

 預かれないと言われてらしい。


 クラスで一人だけ進路が決まっていなかった自分のことなどちっぽけなことだと思えた。

 だってちーちゃんは選ぶことも出来ないのだから。

 兄として、人生の先輩として、今まで何もしてこなかった家族の一人として。


「ちーちゃんは将来を考えて歩きな」

「は?」


しかめっ面で訴えてきた。


「俺、小説家になるよ。」

「俺多分働くの苦手だから。」

「なんで?」

「今就活してて思ったんだ。」

「この人たちはこのまま死んでいくんだって思ったらさ、自分だけの自分にしかできない仕事をしたいって、思ったんだ。」

「ナルシが」

「自分の人生妥協するなよ。」

「頑張れよ人生。」




 



 


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「6×2は」 うるさい!ミント @urusaiminto

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