ぼく、かめんらいだーになる!

三宅天斗

プロローグ

別れ

 中学三年、冬――――。

 教室では、石油ストーブが焚かれ始め、寒さを和らげるのと引き換えに、石油の鼻を刺すような刺激臭を漂わせていた。外は、外気温に見合わず、雲一つない青空が広がっていて、眩い光が窓を通してこちらに注がれていた。

 俺は、机に肘をつきながらぼんやりと蒼天を眺めていると、程よい暖気からか心地よい眠気に襲われた。


◇◆◇◆


「たっくん、わたしおおきくなったら、たっくんのおよめさんになる!」

「じゃあ、ぼくは、かめんらいだーになって、はるちゃんをむかえにくるね?」

「うん、やくそく」

「やくそく」


はるちゃんのかわいらしい小指が、ぼくの前にすっと伸びてきた。ゆびを絡め、声をそろえて


「「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんの~ますっ!ゆびきったっ!」」


と言い、ぼくははるちゃんとかたい約束を交わした。すると、


「たく、もうすぐ出発するぞ~」


車のトランクを閉める音と共に、父の声が聞こえてきた。

 引っ越しの理由は一つ。両親の意向で受験させられた、県内有数の進学校『私立桐櫻学園』に合格してしまったからである。今いる家からバスや電車を使って通えないことはないのだが、という両親の計らいで、歩いて通学できる圏内に引っ越すことになったのだ。


「は~い!」


ぼくは、はるちゃんに涙を見せないように、すぐ後ろを振り返った。父が立っている方に足を進めようとすると、クイッと洋服の袖を後ろに引っ張られた。


「たっくん、行かないで……」


それが叶わないことは、はるちゃん自身もわかっている。それでも、涙を目にいっぱい溜めて、震えた声で小さくそう呟いた。


「はるちゃん、やくそく」

ぼくは、小指をぴんと突き立てた。

「でも……」

「しんじて。かめんらいだーは、やくそくやぶらないでしょ?」

「……うん」

「だから、ぜったいにもどってくるから」

「うん!」

「じゃあね、はるちゃん」


ぼくは、笑顔で両親が待つ車に乗り込んだ。


「たっくん、ばいばい」

「ばいばい」


車が走り出すと、はるちゃんはかわいらしい腕をめいっぱい広げて手を振り、車に追いつこうと全力で足を動かしていた。


「たっくん!またね~!」

「はるちゃん、またね!」


信号につかまり、車が停車した時、後部座席の窓から身を乗り出して、ぼくもめいっぱい手を振った。

 もう少しではるちゃんが追いつきそうなとき、信号が青に変わり車が動き出す。すると、はるちゃんはピタリと足を止め、身体を大きく、大きく広げて


「たっくん!またね~!」


小さい身体からは想像できないほどの大声で、そう叫んだ。ぼくは、そのはるちゃんの姿をリアガラス越しに、必死に目に焼き付けていた。


◇◆◇◆


「……み、……くと。拓斗!」

「ん?」


誰かに大きく身体を揺すられ、目を覚ました。


「ん?じゃないだろ。この問題、解いてみろ」


ぼやけた目を擦りながら、重たい腰を上げ黒板の前に行く。先生からチョークを受け取り、初見の問題をスラスラと解き進めた。理解できない人に向けて、式の意味などを散りばめながら解き終えた俺は、手についたチョークを払いながら自分の席に戻った。


「あざした~」


適当に聞き流した授業が終わり、俺はドサッと席に腰を下ろした。


美月るなありがとな。起こしてもらっちゃって」

「ううん。でも、あれ解けちゃうなんてすごいよ」

「簡単だよ、あんなの」

「それにしても、拓斗が学校で寝てるなんて珍しいね?」

「日差しが妙に気持ちよくてね。気づいたら寝てた」

「ふ~ん」

「次、科学だったよな?」

「うん」

「じゃあ、行くか」


俺は、机の上に広げられた教科書類を、雑に机の中にしまい、教室を出た。

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