アカネの冒険
「アカネ、前のワイス化粧品の仕事だけど」
「なにか問題でも?」
「ないけど、単純な奴だな」
なんのこっちゃ。
「ちょっとぐらい押さえたらどうだ」
「なにをですか」
「やりまくって幸せってのをだ」
なんちゅう言い方。
「そうじゃなくて、新婚でルンルン気分が出てるだけです」
「そうは見えん。毎晩燃えまくりのオーラを感じる」
「気にしすぎですよ」
結婚ってこんなにイイものだとアカネは心の底から感じてるのはホントのこと。だってさ、家に帰ったら、ちゃんとお風呂も沸いてて、美味しい御飯も出来てて、部屋もピカピカに掃除してあって、洗濯も出来てるんだよ。それで、
『お帰りなさい』
こうやって愛するタケシが出迎えてくれるんだものね。食卓にはさりげなく花なんか飾ってあって最高って気分。食事が済んでからも、あれこれ気を使ってくれてさ、
「あれ食べる」
「こんなのもあるんだけど」
それからちょっとお酒も入って、ほろ酔いぐらいになったら、
「アカネ。寝ようか」
これをタケシが顔を真っ赤にして言うんだもの。アレも最初はさすがに痛かったよ。みんなが痛い、痛いってあれほど言うから覚悟はしてたけど、やっぱりね。でも、そんな時期は遠い昔。今はルンルン。毎晩待ち遠しくいぐらい。夫婦だから、どんだけ燃えようが文句を言われるスジ肉はないし、
「違う、それは筋合いだ」
たくツバサ先生は小うるさい。そりゃ、メルヘンがこれだけあんころ餅してたら、
「違う、それはメンタルが安定だ」
イイじゃない、似たようなものじゃないか、
「全然違うし、なにを取り違えてるかさえわかりにくい」
そうかな。少しは写真に出ちゃうのは仕方がないじゃない。
「あれが少しか! 写真から大噴火しているぞ」
焼かない、焼かない、
「違う、妬かないだ。燃やしてどうする」
はて、焼くじゃなかったのか。よくオスが同じなのにわかったな。
「違う、オスじゃなくて音。それとだな、これだけつき合わされれば、嫌でもわかる」
そうなんだ。
「わたしはタケシを尊敬するよ」
「アカネも愛してます」
「よく、これで切れないものだ」
ギャフン。ツバサ先生こそ切れすぎだぞ。それはともかく、
「メキシコの鳥のニュース見ました?」
「ああ、見た。でもあれってCGじゃないのか」
アカネもそう思ってサキ先輩に聞いてみたんだけど、
『今のCGと実写の区別は難しんいんだけど、これだけのレベルのCGを作るのは大変なんだよ』
技術的なことは良くわからなかったけど、簡単にはPCであれだけのものを作るのは容易じゃないぐらいかな。
『そういう意味で実写の可能性が高いと見てる。ただ、あれだけの鳥が実在するかと言われると・・・』
そう世界中に衝撃を与えた動画に映ってた巨大な鳥。牧場の牛を襲うシーンだけど、いきなり舞い降りて来て、鷲掴みにして飛んでったんだよ。相手は牛だぞ、牛。信じられなかった。
「ニュースでは御開帳は十メートル近いとか」
「違う」
あれ、違ったっけ。
「御開帳してるのはアカネのあそこだ」
ツバサ先生が他人のことを言えるか、
「翼開長と言ってな、翼を広げた時の大きさだ」
鳥は翼を広げたら全長より大きくなるのが殆どだから、そっちで大きさを示すんだって。しっかし十メートルって言えば恐竜並だ。
「どうするのでしょう」
「国際合同調査団が調査中だ」
それも聞いた。出来たら捕まえたいって。うん、捕まえたら見てみたい。もし生け捕り出来たら鳥かごで飼うんだろうが、どれぐらい大きさが必要なのかな。
「はははは、あの鳥用の鳥かごか。大阪ドームぐらい、いるんじゃないか」
かもしれない。
「しかしホントにいるのなら、突然変態でしょうか」
「それはアカネだ」
はぁ?
「それを言うなら突然変異だ」
ちょっと間違っただけじゃない。
「だから珍しくメキシコの仕事なんて受けたんだろう」
「たまたまですよ」
「ウソつけ、急にねじ込んだクセに」
バレたか。えへん、それでも見つけたら撮って来てやる。このアカネ様が撮ったら大ニュースなんてものじゃなくなるかも。そしてメキシコに。でもさすがに遠かった。だって関空から成田に行って、そこからでも十四時間だよ。
とりあえずホテルに行って、明日からの仕事の打ち合わせ。撮るのは向こうのスターらしいけど、アカネは見たことも聞いた事もない。まあ誰だって構わないけど。どこで撮るのかも向こうのスタッフ任せ。言われたってチンプンカンプンだし。
チャプルテペック城とか、フリーダ・カーロ美術館とか、ソチミルコとか、ソカロと言われたってわかんないもの。こういう時は連れて行ってもらって、その場で適当に撮る方針にしてる。
『少しぐらい、調べて行け』
なんでこんなところまで、ツバサ先生の声が聞こえる気がするんだろう。でも予備知識はあった方がイイかもしんない。
「ところで撮るのは男ですか、女ですか」
かなり沈黙されてから、
「男です」
これだけ知ってれば楽勝。夕食はその男性芸能人とやらと顔合わせの晩飯。三日間の予定だけど、アカネの関心は鳥だから聞いてみた。
「メキシコシティーにも鳥は現れますか」
「さすがにここには」
ただ鳥の話題はメキシコでもホットみたいで、
「メキシコで牛と言えばハリス州、ベラクラス州、チアバス州で・・・」
要はかなり離れてるってことで良さそう。ちょっとガッカリ。
「そう言えば大きくなってるって話が・・・」
「とは言うものの目撃証言だけだし・・・」
「それでも・・・」
アカネがいるうちにメキシコシティの見物にでも来てくれないかな。翌日はなんとか城に行ったんだけど、なんか出来そこないの中世の城みたいなもの。ただかなり高いところにあるから、見晴らしは抜群。仕事に熱中している時に、メキシコ人スタッフが急に、
「クェ・エス・エセソ」
「エス・ウン・アビオン」
「エソ・エス・ウン・パシャロ」
なに言ってるか、さっぱりわかんないけど、とにかく指さす方を見上げたら
「と、鳥だ! 急いで望遠持って来て」
このためにデッカイ望遠レンズをわざわざ抱えて来たんだ。
「三脚も早く」
そりゃ、撮りまくったんだ。しばらく市内の上空を旋回してたんだけど、こっちに飛んできた時はスタッフも悲鳴を上げてた。こりゃ、デカいわ。十メートルどころやないもの。近づいてくれたから鳥の姿もバッチリ。
そうしてたら、どこかに降りて行くんだ。どうも観光だけが目的じゃなさそう。そしたら再び舞い上がったんだけど、さすがのアカネも驚いた。足に掴んでるのは象じゃない。となるとあの鳥は、どれだけデカいんだ。
もうメキシコシティーは大騒ぎ。仕事なんてやってられる状態じゃなくなっちゃった。市内にはたぶんパトカーだと思うけど、そこらじゅうを走り回ってる。どうも屋内に避難しなさいの緊急命令が出たみたい。まあ、そんなこと言われても、みんなカメラ抱えて撮ってたみたいだけど。
ホテルに帰っても同じ。テレビもなに言ってるかわかんないけど、えらい興奮したアナウンサーがしゃべってるし、ホテルの中も落ち着かない感じ。スタッフが日本との連絡を取ろうとしてたけど、
「回線が混雑しすぎて、電話どころかネットもつながりそうにありません」
次の日もこれからの仕事をどうしようかと思ったんだけど、朝食中にいきなり、
「パシェロ」
「パシェロ・エノルメ」
「モンストロウ」
アカネだって鳥がパシェロって覚えたから窓から見たら、
「いる・・・」
ビルの谷間から鳥の姿が見えたんだ。市内はパニック状態。鳥は象だって襲うってわかったから、人だって襲うかもしれないじゃない。とにかくこの日は警察だけでなく軍隊まで出て来たよ。
仕事は完全にお手上げ。向うのスタッフからもそういう申し出があったみたいだし、こっちだってこれじゃ撮るに取れないものね。そうなれば日本に帰るんだけど、
「アカネ先生、空港が閉鎖されています」
鳥が飛行機を襲うかどうかは、わかんないけど、なにしろあのサイズだから、ぶつかったら墜落しかねないものね。飛行機が使えないとなると陸路だけど、
「もう大渋滞で全然動かないそうです」
完全にホテルに缶詰め状態。空には空軍のジェット機まで飛んでたよ。鳥が現れたばっかりに仕事はパーで、メキシコ観光もゼロ。それでも鳥の出現は二日で終り、二週間後にはなんとか日本に帰れた。
成田にようやくたどり着いたら、なんか知らないけど報道陣のヤマ、ヤマ、ヤマ。誰か有名人の来日でもあったのかと思ったら、なんとアカネの取材。
「泉先生、向こうはどうでしたか」
「鳥は見られましたか」
「どんな鳥でしたか。撮られましたか」
「鳥に襲われませんでしたか」
「鳥の感想は」
現地にいたけど、情報途絶状態だったんだよ。スペイン語のニュースもなに言ってるかサッパリわからなかったし、ネットも落ちてたもんね。日本ではどうやら、
『世界的にも有名な写真家、渋茶のアカネこと、泉茜さんがメキシコシティに取り残された』
渋茶は余計だけど、こんな感じだったみたい。日本でもメキシコシティの鳥騒動は連日の大ニュースだったみたいで、この報道陣になったで良さそう。もみくちゃにされてる時に、
「アカネ、倒れろ」
やっぱり疲れてるのかな。ツバサ先生の声が聞こえる気がする。
「いいからここで倒れろ。後はなんとかする」
ふと見るとツバサ先生が、
「アカネは喋らない方が良い」
なるほどって思って、バッタリと。そこから騒ぎはさらに大きくなって救急車まで登場。都内の病院に御入院。ツバサ先生が報道陣の矢面に立って、
「泉茜は極度の緊張による心労で休養が必要です」
こう言って追っ払ってくれた。数日後に羽田に手配されてた例のプライベート・ジェットで神戸に一直線。機内で、
「アカネ、よく食われなかったな」
「アカネじゃ、あの鳥にしたらメザシぐらいです」
「炙ったメザシは旨いぞ」
生きて帰れて良かった。
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