『K滅のY刃』は私たちを斬首する?

秋山完

01●ああ吸血鬼は偉大なり。



01●ああ吸血鬼は偉大なり



※くどいようですが……

 本作はフィクションです。

 この世に存在する、いかなる作品とも関係はありません。

 くれぐれも誤解なさいませぬよう。



     *



 まず冒頭に、かの名作『吸血鬼ドラキュラ』の作者ブラム・ストーカー先生を讃えましょう。

 なんといっても、吸血鬼作品の生みの親。

 小説の第一版は120年余りも昔の1897年。

 1931年に『魔人ドラキュラ』として映画化され、

 1958年公開の『吸血鬼ドラキュラ』では、クリストファー・リー&ピーター・カッシングの宿敵コンビが誕生、ホラー映画界を席巻しました。

 お二方は『スター・ウォーズ』シリーズにもご出演になり、名優ならではの怪演ぶりで、脇役なのに主役を食っていましたね。

 そして1995年にメル・ブルックスが製作した『レスリー・ニールセンのドラキュラ』は、『魔人ドラキュラ』の傑作パロディとして、捧腹絶倒ぶりが後世に名を残します。

 世紀が明けて2004年の『ヴァン・ヘルシング』はホラーというより、ブッ飛びノンストップ・アクションの趣でした。


 このように、世に様々なバージョンの吸血鬼ヴァンパイアが誕生してきましたが、要するに……


【吸血鬼の三特性】

  1●吸血性:美女や美男の血を好み、被吸血者を吸血鬼化して仲間を増やす。

  2●不死性:吸血によるスタミナ補給により、半永久的に不老不死である。

  3●夜行性:しかし太陽光を浴びたら滅びる。それゆえ昼間は活動できない。


 おおまかに、以上三点の特徴が共通するようです。


 ただし作品により、細部は異なります。

 吸血された人が食人鬼グールになったり、不老不死に加えて怪力を発揮したり、魔力や超能力を奮うことがしばしばあります。

 ニンニクや十字架や銀製の弾丸が苦手だったり、あるいは免疫化して苦手でなくなったりする吸血鬼さんもいます。

 太陽光のほか、心臓にクイを打ち込まれる、あるいは斬首されることで滅びるケースもあります。


 かれこれ百二十年に及んで、古今東西の作品に活躍する“吸血鬼”の原型プロトタイプ初号機を完成したブラム・ストーカー先生。

 これまさに偉業と言うべきでしょう。現代のホラー界から吸血鬼を取り去ったら何が残るのか……って感じですね。面白さがすっぽり消えてしまうこと請け合いです。


 フランケンやミイラ男だけだったら、かのアダムス家の皆様も、肉無しチンジャオロースみたいなものでしょう。

 やっぱ、棺桶をベッドにしているあのお方がおられなくては。



 ホラー界の常勝スターたる吸血鬼ヴァンパイア。

 国産のアニメで、印象に残る作品として……


 『吸血鬼ハンターD』

   (小説は1983-2007刊行、1985年にOVA、2000年に劇場アニメ)

 『HELLSING ヘルシング』

   (マンガは1988-2009、2001-にTVアニメ、2006-OVA)

 『BLOOD THE LAST VAMPIRE』シリーズ。

    2000年に公開された同名の劇場アニメに始まり、

  『BLOOD+』(2005-のTVシリーズ)、

  『BLOOD-C』(2011年のTVシリーズ)、

  『BLOOD-C The Last Dark』(2012年の劇場アニメ)

  などとマルチ展開される長寿作品……


 と、いずれも濃厚なテイストで、いわゆる吸血鬼に属する異形の魔物たちと人類の熾烈な戦闘が描かれてきました。


 人類はなんだかんだ言っても、吸血鬼が大好きなのです。


 特筆すべきは、いずれの作品でも、登場する吸血鬼は、先に掲げました“吸血鬼の三特性”を踏襲しているということです。『BLOOD+』では呼び名こそ“翼手よくしゅ”ですが、実態は明らかに吸血鬼の一類型と考えていいでしょう。



 そこへきて……


 『K滅のY刃』

  (漫画は2016-2020年、2019年にTVアニメ、2020年に劇場アニメ)

   が彗星のように現れたわけです。


 『K滅のY刃』には主人公の敵役として“鬼”が登場しますが、こちらも“吸血鬼の三特性”を備えています。


 一、人を喰う(吸血を伴う)。被害者は傷口に鬼の血を受けることで鬼と化す。

 二、人を喰い続けることで、どうやら半永久的に生きられるようだ。

 三、ただし太陽光を浴びたら滅びる。また、特殊な刀で斬首されても滅びる。


 いやまったく、この三特性を整理して初めて作品に具体化したブラム・ストーカー先生、じつに偉大なり、ですね。



 さてここでなぜ、皆様よくご存じのタイトルでなく、『K滅のY刃』というふざけた名称を用いるのかと言いますと……


 恥ずかしながら筆者は、11月末日現在、例の作品を全巻読破していないからです。

 それどころか、単行本は二巻どまり、TVアニメなら20話あたりまで。

 全体の四分の一程度かそれ以下です。

 いや、読もうとは思っていたのですよ。

 しかしどうも……読み続ける気分が途中で萎えてしまい、気付けば大ブームで、コミックもDVDも品切れ状態、という体たらく。


 なので、そもそもあの作品キメツを論評する資格など私にはないのですが……

 それでもこの大ブームには、いささか精神的な衝撃を受けました。

 作品内容とは別の意味で、冷たい恐怖感が、ゾクッときたのです。


 本音を言いますと、申し訳ないのですが、このブームには良い印象が感じられないのです。

 どことなく、そら恐ろしい、ある種の気持ち悪さというか、妖気とでも言うのか、まあホラー・アクションを扱った作品ですから当然かもしれませんが、この巨大ブームには、えも言われぬ不気味さを脳幹に感じてしまうのです。

 あ、あくまで私個人の、きわめて個人的な印象ですよ。


 大ブームゆえにぴりぴりと感じる、その不気味さの正体はなんだろう?


 それが本稿の主題です。

 したがいまして本稿は、“あの作品キメツ”そのものを対象とするのではなく、“この異様なまでの巨大ブーム”についての論考を試みたい、というものです。


 作品に対してではなく、ブームに対する論考ですよ。一応……


 そんなわけで、本稿では、あの作品のアニメなら20話あたりまでのストーリーにどことなく似ていて、その先がまだわからない『K滅のY刃』という別個の架空作品を設定させていただきます。



 ですから、これから私が論考しますのは、あくまで『K滅のY刃』に関することでありまして、あの作品キメツそのものに対してではありません。

 何卒、憐れみとご理解、ご容赦を賜りますようお願いいたします。


 え、見え透いた言い訳、ミエミエの詭弁ですって?

 まあどうか、そうおっしゃらずに、本稿自体が私個人の愚かな戯言ですので、失笑のうえ、お付き合い下されば幸いです。



 で、『K滅のY刃』についてですが……


 愛する家族を極悪非道な“鬼”の手で惨殺された主人公の少年、T治郎が、鬼にされてしまった妹のNZ子を人間に戻し、そして世の鬼どもに復讐するために、鬼退治の専門家組織:K殺隊に身を投じて、自らを鍛え、熾烈なバトルを戦い抜いていく物語です。


 なにひとつ罪の無い家族と自分に降りかかった不幸、それを解決するために雄々しくも逞しく敵に立ち向かう主人公。

 まさに少年マンガの王道です。


 しかし……


 しかし、なのですよ。





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