第20話 聖女の妙案


 数日後、天気が落ち着き、船を出してもらえることになった。


 クランツはフィガロにたくさんおみやげをくれた。切手とか本とか、そんなに持ちきれないと言っても、押しつけるんだからなもう。


「異国の方が当家に悪印象をもたれては困りますからな」


 クランツはフィガロのことを、お客様として丁重に扱ってくれた。敵国の人間だからという理由で差別されなかったのは助かった。


「それにフィガロ様はお嬢様の大切な方なのでしょう? そんな方を無碍に扱っては執事の名が廃ります」


「あたしは家の恥じゃなかったっけ」


「何をおっしゃる。貴女がいなくては誰が家を守ります? ご立派に勤めを果たしてお戻りください」


 あたしの帰る場所は、きっと土地じゃない。家名でもなくて多分、心だ。


「エクレール、いってらっしゃい! 頑張るのよ」


 ママが明るく送り出してくれる。今より立派になって必ず帰ってくるからね。


 ……、意気揚々と戻ったはいいけど。


 港についてすぐ、海軍の兵士が船の乗船客を調べ始めた。あたしは楽天的過ぎたのかもしれない。期日までじっと大人しく身を潜めているべきだった。


「まあ当然そうなりますわね」


「悪いな、巻き込んじゃって。あたしが名乗り出るからアイリスはフィガロを頼むよ」


 聖女は悪知恵が浮かんだような小狡い笑みを浮かべた。


「何を言ってますの? 切り抜ける方法なんていくらでもありますわ」



 船の昇降口に兵士が立っている。あたしはスカーフを被って通り過ぎようとした。


「おい、ちょっと待て。顔を見せなさい」


 横柄に言って、兵士はあたしの頭を掴んだ。はらりとスカーフが落ち、髪が広がった。


「叔母は戦争に巻き込まれて怖い目に遭いまして。以来髪が白く……」


 悲しげなアイリスがもっともらしい説明を入れた。あたしの髪は灰を被ったように白くなっていた。眉まで白い。兵士は申し訳なさそうにスカーフを拾ってくれた。


「あはは、上手くいきましたわね」


 船を下り、倉庫街の一角に移動すると、アイリスは豪快に笑った。


「なんだよ、叔母って! そんなに老けてるか」


 アイリスの力で、髪を雪で白くしたのだ。結果上手くいったものの、人目が気になる。


「よーくお似合いでしてよ。叔母様」


 嫌みが可愛く思えるくらいには、あたしたちの関係は変わった。今は喧嘩してる場合じゃないしね。


「これからのことなんだけど」


 フィガロはクランツにもらった服を着ている。シャツに長ズボン、つば付きの帽子を被って気だるそうに地面に座っていた。


「探査船には乗れないかもしれない」


 マダムを信じたいけど、軍が港を押さえている以上、安全とは言えない。あたしが出頭すれば、フィガロを助ける方法はいくらでもある。


「弱音は似合いませんわ。約束したことは守りなさい」


 アイリスはそう言うけど、状況はそれを許さない。フィガロの安全が第一だ。


「仕方ありませんわね。わたくしに妙案がありますの」


 期日になって、十隻の探査船が港を出た。その中には艤装したライオネス号もある。船長の名義はあたし。でもあたしの姿はそこにはない。


「これで良かったんでしょうか」


 エーデルフォイル行きの貨物船にあたしたちは乗っている。フィガロはあたしが船を手放したことを悔いていた。


「マダムには処分費用もらってるから借金はチャラだし、気にすることないよ。まあ、あいつらには過ぎた囮かもね」


 悲しくないといえば嘘になる。苦楽を共にした海の城は遠い異国の地で何を見るのだろう。


 今回の囮作戦はアイリスのおかげだ。口利きを頼んだエーデルフォイルの船で難なく出航できた。


「同じ要領でフィガロ君をエーデルフォイルから送って差し上げますわ。その代わり一つお願いがありますの、エクレール」


 そして、フィガロに聞こえないように耳打ちしてきた。


 殺し合いがしたい。雌雄を決する最後の死闘をしたいと言ってきた。あたしはその条件を渋々のんだ。


 仲良くできそうだったのは、あたしの思い違いだったの……? アイリスの考えが全然読めない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る