第62話 転機


「──緋色の虎。メルの両親がいたパーティーだ」

「……!」


──『フィーネ達が、ラクーンを買い取った』


 そんな突然のカミングアウトに、俺は驚きを隠せなかった。

 目に見えて動揺してしまう。


 動機は、なんだ?

 一体、なんのメリットが……?


 咄嗟に考え始めるが、やはりフィーネたちの真意は分からない。


 そんなことをしても、デメリットにしかならない筈だ。1人だけならともかく、全員買い取った、などと。


 獣人の立場を鑑みれば、これから、フィーネたちは多方面からバッシングを受けることになるだろう。


 記憶が無くなっている時に聞いた話によると、ラクーンが売られるのは、本来であれば、まだかなり先のことだったらしい。

 となると、彼女たちはそれを待たずに、何らかの手段で皆を──悪く言えば『商品』を、『買い手』から、かっ拐っていったことになる。


 悪評が広まるのも時間の問題だ。


 だから、メリットなんてどこにも────。


(──いや)


 、のか?


 先程、セルカとクリフは俺の話を聞いてと言っていた。


 つまりだ。

 今までずっと謎の行動として見えていたそれが、俺との繋がりを持つことで理解出来るものになった、ということである


……じゃあ。メリットとか、そういうのは全く関係なく──


ラクーン、ってこと?」

 

 当たりだった。


「……全く、スゴいな。君の言う通りだよ」


 クリフが驚きを露にしながらも肯定した。


「Aランクパーティーである『緋色の虎』のメンバーの3人は、情が厚過ぎることで有名なんだけどね……でも流石に、今回ばかりは不自然過ぎた。

 今まで、獣人の扱いに対して意義を唱えはすれど、奴隷を買う、だなんてことはしなかったんだ。外面的にも、内面的にもデメリットが多すぎるからね」


 そう言うと、彼は右手を眉間に当てて溜め息を吐いた。


「でも、君の両親が──まさかあの怪力乱神サムソン孤高の聖女ブリギッドだとは思わなかったけれど──彼らの冒険者仲間だったなら、話は変わってくる。

『迷いの森で新種の獣人が発見された』という話は、【カーネリア神聖国】の意向によって世界中で大体的に発表されたことなんだ。『緋色の虎』の面々にも、それはすぐに伝わったことだろう


──それに、神聖国が君たちに奇襲をかけた際、あの隻眼の豹レヴェナントが前線に出たという情報も開示されている。彼女らが焦るのも無理はない」


「……っ」


 瞬間。

 意図せず、奥歯からギリッと音がした。

 薄い血の味が口に広がる。

 やはり、憎しみと言うのは簡単に消えるものではないらしい。

────隻眼の豹レヴェナントというのは、のことだろうか。


(カーネリア神聖国……待ってろよ。必ず落とし前を付けさせてやる)


 そう心に抱いて。

 俺は思考を切り替えた。


 また、クリフの言葉に耳を傾ける。


「本来、獣人はキリシス語を使えないから最低限使えるようになるために1年ほどは学習期間が与えられる。

……『緋色の虎』は、綺麗にその隙を突いてきたよ。言い方は悪いけど、買い取ったみたいなんだ。厳密には分からないけど、少なくとも、立派な屋敷が数邸は建つレベルの大金が必要だった筈なのにね」


「……!」


 思わず涙が出そうになるのを、必死に堪えた。

 フィーネたちには、感謝の言葉しかない。


「『緋色の虎』はAランク冒険者の中でもしっかりしてることで有名なパーティーなんだけど。だからこそ、ボクもセルカさんも、あの真面目なヒューマン達が何故そんな暴挙を? とずっと疑問に思っていた。

 だから、ボクも優秀な情報屋を雇って独自に調べてみたんだけど……どうやら、君のことを聞いていたらしいんだ」


「!」


「ただ、その頃のボクは、まさか君の両親がそのパーティーに入ってた、なんて考えもしなかったものだから、てっきり何処かの貴族に雇われたものだと思っていた。

……獣人国クレベルクからの『保護』の依頼という線もあったんだけど、それだけで接触するのは危険だった。それに、その時には彼らは既に街をってしまっていたし、ね……」


 クリフは最後に、すまない、と口にした。


「……大丈夫。ありがとう」


 何故謝るのか。

 寧ろ、十分すぎるくらいにクリフたちは頑張ってくれた。

 感謝しか言いようがない。


……でも。


「1つだけ、聞きたいことがある」


「ん? なんだい?」


「──これから、?」


 それだけが、気掛かりだった。

 正直に言えば、フィーネたちを、皆を探しに行きたいというのが本音だ。

 でも、そうは問屋が──、


「君が、追いたいと言うのなら、行っても良い」


「……え?」


 予想外の返答に、俺は目を丸くする。

 だがそれに対しクリフは、喜ぶのはまだ早いよと言わんばかりに言葉を続けた。 


「とは言っても、流石に条件は付けるけどね。それが納得できるなら、行っても良い」


 この質問は来ると思っていたよ、と付け加えて彼はそう宣う。


……なるほど、条件、ね。


「条件、って?」


「簡単なことだよ。君には、いや、には、王都にある冒険者育成学校に通ってもらいたいのさ」


「「は!?」」


 俺と、エイミの声が被った。

 エイミ関しては、今までずっと蚊帳の外だったため、いきなりとんでもない話を振られて困惑しているようだ。無理もない。


 対して俺は、思ったよりも冷静だった。

 脳内で、先程のクリフの台詞を吟味する。


(……何故学校に通うことが条件なのかはさておき。

 つまり、あれか?)


 条件としてそこを出すということは、だ。


「……その?」


「流石だね、ご明察」


 俺の考えをクリフは肯定した。


「実は、ゼファー君に彼らの後を付けて貰っていたんだ。彼は昨日戻ってきたばかりでね。8日間も不眠不休で走り回ってたこともあって、今は眠ってるよ」


 あ、それでゼファーはここに居ないのか。


「あぁごめん、話が逸れたね。まぁ、そんなゼファー君のお陰もあって『緋色の虎』御一向が王都──【ウルク】に向かったということが分かったんだ……それで、どうする? 行くかい?」


「……」


 本音を言えば、願ったり叶ったりである。

 学校だって、この世界の歴史だったり常識だったりを学べると思えばプラスにしかならない。


 めちゃくちゃ美味しい話である。


……

 

 俺はエイミへと顔を向けた。


「エイミは、どうする?」


 自分の意見だけで行ける筈もない。

 エイミが行きたくないと言えばそれまでだ。


 エイミに関しては事情が事情だしな。


────レベルも上がらない『呪いカース』がある。

────暗殺集団に狙われないとも限らない。


 あまりにも危険すぎるのだ。

 今の『どうする?』にはその意味合いも含まれている。


 エイミは仲間なので、置いていくという選択肢は論外だ。


 実際、俺もまだ7才。

 精神年齢がどうであれ、不安なものは不安だ。


 フィーネ達の後を追いたくはあるけれど、一応、ラクーンの皆も彼女らに保護されているなら安心できるし、これといって急ぐ必要は、ない。


 エイミの返答次第である。


「…………」


 エイミは少しの間考えたのち、口を開いた。


「……私も、行きたいです。

 大丈夫ですよメル様。『呪いカース』もし、レベルが上がるなら、心配する必要はありません」


「え?」


 カースが解けた?

 それって、どういう……?


「──生まれつきの『呪いカース』は、些細なことがきっかけで解けることもある。……大方、ダンジョンで初めて経験したことがだったのだろう」


 そう言うのは、今まで沈黙を保っていたセルカだ。


 なるほど……?

 それにしても、初めて経験したことってなんだろうか?


……まぁ、気にはなるけど、今は先に答えを出すのが先決だろう。

 それを聞くのは、後で良い。



「分かった、行く」




 ともあれ。



 これからの方針が、決まったのだった。

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