第56話 代償

 


────


 それが、この『代償スキル』の本質だった。



 それはもう言葉の通りの内容で、一瞬の強化ののち、使った経験値分の


 最初は何のこっちゃと思っていたメルだったが、実は少しだけ心当たりがあった。

 それは、エイミを助けに行った時だ。


 あの時、MPが足りないせいで打てなかった筈の魔法が何故か打てたのだ。

 そしてその後、


 恐らく、というか確実にこのスキルだろう。

 メルたちは、このスキルに1度救われた。


「……」


 だが、とメルは思う。



 このスキルは弱くはない。

 だが決して、強くも無かった。



 少なくとも、連戦時には使えない。

 レベルが下がってしまうのだから、使った所を狙われてしまえばお仕舞いだ。

 それ故に、このダンジョンでは使うことは無いだろうと思っていたのだが──。


(……覚悟を、決める)


 もう、使う他なくなった。

 外せば、それは終わりを意味する。


 とてつもない重圧がメルを襲う。

 だが、振り払う。


 


   勝つと、そう誓ったから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『彼』は驚愕という感情をその相貌に浮かべていた。

 

──あの少女えものらは何処に行った?

 と。


 だが、それも一瞬。

 たちまち、歓喜する。笑みが、溢れる。


 確かに、視界からは少女らは消えていた。

 だが、? と。


 彼にとって、これは自分を楽しませるだけの調味料スパイスにしか足りえない。


 それだけではない。

『彼』には、少女らの居場所が手に取るようにわかっている。



────『超感覚』


 このスキルによって、『彼』の5感は獣人を遥かに凌ぐほど強化されていた。

 視界に頼らなくとも匂いや音で、小石1つの位置でさえはっきりと知覚出来るほどに。


 故に、獲物の憐れな抵抗を嗤う。

 確かに、いつもよりは分かりづらくなっているが関係ない。


 依然、『彼』の有利は変わらない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺は、距離を取りながらオーガの隙を狙う。


『代償』によって強化するのは勿論『力』のステータスだ。1度に全てのステータスが強化出来れば隙を狙わなくてもいけたのだろうが、そうは問屋が卸さなかった。


 当のオーガは、辺りを見回している。

 どうやら俺たちを見失ったことに困惑しているようだ。


────チャンスだ。


 そう、思った。

 


 俺は、その『隙』を見逃さずにオーガソイツ向かって突貫し──。


「なっ!?」


 驚愕戦慄した。


 俺の瞳には、戸惑っているオーガなど、最早いなかった。

 映るのは、その醜悪な顔に笑みを携え、こちらを見つめてくるオーガだけ。


 そして。

 ソイツの腕は、既に振りかぶられていた。


「────、」


 一瞬の空白。

 何故、と思うひまもなく、その豪腕がビュッと風切り音をたてて放たれた。

 咄嗟に体を右にずらすが、もう遅い。


 間もなく。


「ぁっ……!?」


 そのが逃げ損なった左肘を捉えた。

 

 瞬間、バキリと、ゴブリンジェネラルの時とは比べ物にならない程の快音が聞こえる。

 それが、自分の骨から哭った音だと気付いた時には。



──左肘から先が、消失していた。


「っ……!!!!」


 暗闇から、声が聞こえた。

 今にも泣いてしまいそうな声だった。


 その少女の認識阻害魔法は以前のものとは違い、触れられただけでは姿が見えることはない。


 しかし、は別だった。


 ぽてっ……そんな音が迷宮に小さく響いた。


 視認できるようになった『ソレ』の断裂面からは、惨たらしく赤い糸を引いている。

 ただひたすらに、むごい。


 自分の腕こちらもそうなっているのかな、なんて気の抜けた考えが浮かんでしまう。


 だが、それも一瞬だった。


「──ぁぁあああぁぁあっぁぁぁぁぁああっっっ!!?!!!?!?!!!!!」


 激痛が、メルを焼いた。

 絶叫がダンジョン中に迸る。

 視界と思考に閃光が走った。


 獲得した筈の『苦痛耐性』は全くもって意味を為していない。

 一瞬のタイムラグ、ただそれだけだった。


『グォ──』

「……っ」


 そんな俺に対しオーガは、更に距離を詰めた。

 場所なら分かっている、と言わんばかりに迷いなく大剣を振り上げる。


「────、」 


 明点する頭を無理矢理働かせ、回避を諮ろうとする。

 だが。


(避けられない……っ!?)


 それは確実に俺を捉えていた。

 回避不能、防御不能の4文字が頭を蹂躙する。


 幾度となく繰り広げられる試行錯誤トライアンドエラー

 避けることも、防御することも許されない。


(それ、なら……)


──


 メルは、まなじりを決した。






────『彼』は見た。


 今にも自分の剣で裂かれようとしている少女えものから。

 赤い粒子ナニカが湧き出ているのを。


 その少女と、目が、合う。


『ッ!?』


 途端、、と。


 少女の目が。

 いや違う。


 が、己を捕えたような、気がした。


『彼』は知らない。


 それが己を殺し得るモノの片鱗だと言うことを。

 だが、分からない。それが何であるのか、分かる筈もない。




(──っ!)


 強化するのは、『力』のステータス。


 メルはそれを剣に乗せ、降り下ろされる大剣の側面にぶち当てた。


「──ァあああああああああッ!」


 ギャリィィィッと、凄まじい金属音が両者の間に響き渡る。

 ブシュッと音を立てて、思い出したように左肘から血が溢れた。

 辺りに、鉄の臭いが充満する。


 だが、気にしない。そんな暇などあるわけがない。

 自分の身に降り注ごうとしている最悪をはね除けるためだけに体を動かす──!


 だが。

 その瞬間、


「────、」

『…………』


 ニタァァ。


『彼』は嗤う。


 だが、次の瞬間。


「────負けて、堪るかぁぁぁぁァァァァァァッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」


『!?』


 



 少女の剣は砕け散った。

 己の剣は、間違いなく少女を断つ筈だった。


──なのに。


「ガァァァァァァァァァァァッ!」


 それはまさしく、獣の咆哮だった。


 そして。


 と共に、剣は逸れた。


『……!?!?』


 剣を、のだ。


 行く宛てを失った己の剣は、いとも簡単に大地を爆砕した。


『────。』


『彼』は、得体の知れないナニカを、少女から感じた。

 だが、それが何であるのか、分からない。

 モンスターである『彼』には、理解できない。


 故に、残るのは歓喜のみ。

 久しく感じることの無かった高揚が『彼』を支配する。


 蹂躙ワンサイドゲームではなく、純粋な殺し合いノーサイドゲーム


『彼』が初めて経験するそれは、己が内で新たに生まれた感情ナニカを塗り潰した。



────まずは、強い方からだ、と。


 

 『彼』は、動き出す。








 未知なる感情を知るために。


 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 オーガの剣が、俺から逸れて大地を爆砕した。


 賭けに勝った──


「……っ!?」


 そう思う間もなく、虚脱感が全身を襲った。


 これが、代償。

 レベルを失うということ。


 それに、このスキルには回数制限があった。


 1日3回。


 これが自分の寿命リミットだ。

 既に2回消費している。もう後は無い。


 俺はそんな体に無理矢理力を込めて、砕け散った剣を放棄してその場から脱した。未だに腕からは血液が止めどなく流れている。


 勿論痛い。痛すぎる。


 だが、止まれない。



 故に俺は駆けた。

 、駆けた。


「メル様!? 何を!?」


 エイミから驚愕と困惑の声が上がる。

 周囲から見れば、ただの愚行に見えるだろう。だがしかし、俺はオーガのスキルを見て、粗方見当がついていた。


 『超感覚』


 気付かれたのは、恐らくこのスキルによるものだ。

 効果は5感の超強化。


 その内の、

 血をばら蒔いたのはこのためである。実際、辺りには血の臭いしかしていない。

 いくら超強化と言えども俺と同じ状態の筈だ。


『グ、アァッ!』


 そんな俺に対して、オーガは剣を薙いだ。


 俺はそれをすんでのところでしゃがんで回避する。エイミには、届いていない。


 というより、最初からから俺だけしか狙っていないようにも感じる。まぁ、願ったり叶ったりなのだが。


 と、そこで俺は要らぬ思考を断ち切った。

 些細な雑音ノイズであれ、ここでは『終焉』を意味する。


 俺の頭上を、流星もかくやといったスピードで大剣が過った。あれに当たれば、待っているのは『死』の一文字のみだろう。


 汗が滴り、小さな血溜まりに音を立てて落ちた。


 それを機に、俺は疾走する。

 向かうのは、砕け散った剣がある場所。


 その破片は、1つ1つが10cm程のナイフのようになっていた。

 俺は、その中の2つを躊躇いなく残った右腕で握った。


 勿論、柄などあるわけもなく、血が吹き出た。

 だが、その疾駆は止まらない。


 勢いを殺すことなく、跳躍。

 オーガの眼前へと躍り出る。


『!?』


 オーガは剣を振り抜いた姿勢のまま、驚愕。


「──はああああああああああああああっっ!!」


 俺はそんなオーガの双眸へ、ナイフを突き刺した。


『オォォォォォォォッ!??!?』


 瞬間、咆哮叫びがダンジョンを埋め尽くす。

 鼓膜を破るかという轟音を以て、『彼』は初めて、『痛み』をその身に刻まれた。


『彼』の中で、またナニかが湧き上がる。

 しかしそれでも、理解できない。


 それが『彼』にとって幸運なのかそうでないのかは、誰も知る由はない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 オーガの目に欠片を突き刺した俺は、すぐさま距離を取った。


 対するオーガは、未だ叫びを上げながら、突き刺さった剣を引き抜き、目があった場所から


(自然治癒………!)


 俺はそれに見当をつけた。恐らく放っておけば直に治ってしまうだろう。


 やるなら、オーガが錯乱している今しかない。


 だが、アイツにはまだ、


(どうする……どうする……どうする……!?)


 再開される思考。

 だがそれでも、幾度となく、失敗の文字が頭を埋め尽くす。


 足りない。


 あと一手が。

 たった一歩が。


 足りない。




 と、その時。


「────ぁ」





 俺は、とある勝機モノの存在を思い出した。



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