第55話 喜劇


 膝が

 ガクガク、ガクガク


 まるで、を見ている時みたいに

 ゲラゲラ、ゲラゲラ


 



 だからだろうか。

 俺も、笑ってしまいそうだった。

 笑いたかった。

 全てを、諦めて仕舞いたかったのだ。


 人は、過度な恐怖を体験すると笑ってしまうと聞いたことがあったが、どうやら本当だったらしい。


「ぁ……っ」


 いっそ滑稽なまでに、俺の喉から声が溢れ出た。壊れたオルゴールのように、虚しく、辺りに反響し、そして消えていく。


 怪物はそんな俺に構わず、こちらに近づいてきた。

『死』が、近づいてくる。


 距離は5メートルも無かった。


 あぁ、やっと、解放される……と。

 奇しくも、先程のエイミのように、そう、思っていた。


 だが、その時。


「メル様ぁ! しっかりしてください!」

「!」


 エイミが、吼えた。


 目が合う。

 エイミの碧眼には、『俺』が映っていた。

 死んだ目をした、俺が。


「──────」


 だが、そこで気づく。


(……エイミ、は────)


 俺を写す彼女の瞳。


 そこには。


 紛うことなき、

『意思』があった。


 なにより、『信念』が、あった。


「──メル様ぁッ!!!!」


 エイミは、


「っ──ぁああああッ!!」


 メルは、知らずの内に己の体を蝕んでいた恐怖くさりを引きちぎった。


 震える脚で尚、立つ。


 自分より弱い筈のエイミが、諦めていない。


 例えそれが、他力本願であったとしても。

 無謀な行い、だったとしても。

 

 メルを──俺を、信じてくれている。

 ならば、エイミより強い自分が何故諦めることが出来ようか。


 勝機は、限りなく

 だが、諦めるという選択肢もまた、




 強大な相手を前に、ちっぽけな少女達は、それでも抗う。



【【──生き残る】】


 少女達は誓った。



【──やってみろ】


 怪物は嗤った。





 悲劇などではない。


 

 英雄譚……そのの1ページ目が今、紡がれ始めた。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 俺の頭は今までとは違い、何かが吹っ切れたかのように澄み渡っていた。

 何か、とは言わずもがなだが。


 その澄んだ思考で、状況を整理し始める。


(ダンジョンの魔石を壊せば、その中で産まれたモンスターも死ぬ………なんてご都合主義は、無い。それは、鬼コーチセルカから聞いている)


 生き残るには、オーガコイツを倒す。

 それしか、ない。


「エイミは下がって、を!」


「……! はいっ!!」


 何の魔法か、なんてことは聞かなかった。

 エイミには、それが分かっている。

 何を必要とされているのか、分かっている。


(今こそ、返す時です)


 自分エイミは、何の根拠もなく諦めなかった訳ではない。

 聡すぎる少女は、そこまで直情的には、なれない。


 だが。


──2人ならば、いけると。


 そう、確信していた。



 彼女はすぐさまその場から離れ、の詠唱を開始する。


「………《隠せ、汝の傷。隠せ、なんじの刃》」


『……!! ォオオオオオオッ!!』


 空気の変化を感じたオーガは、させるものかと。

 エイミに向かって巨躯を揺らす。


 勿論、魔法が完成するには、時間が掛かる。

 このままでは、完成する前に、エイミは紅い花を咲かせるだろう。


 


「──オレがいる」

『!!?』


 迫りくる巨躯に対し、右手を向け、『サイクロンカッター』を

 4つの斬撃は、迷うことなくオーガの顔へと吸い込まれていく。


……もちろん、通常のMPしか使っていない『サイクロンカッター』など利く筈もない。


 だが、


 オーガは足を止め、咄嗟に己の顔の前に腕を滑らせた。


 生き物であれば、顔に何かが飛んでくる時、多少なりとも警戒する。そしてそれはモンスターでさえも例外ではない。


 オーガは、利く筈もない魔法に勝手に警戒して、勝手に足を止めた。

 一瞬後、魔法が炸裂する。


 派手な音とは反比例するかのように、ダメージはゼロ。

 だが、数秒という時間希望を、俺とエイミは引き寄せた。



 その隙に、エイミは詠唱を紡ぐ。


「《あとに残るは、無傷のからだ伽藍がらんの諸手》……!」


 その詠唱うたを背後に、俺は斬りかかった。


 今放てる最大威力。

 渾身の袈裟斬り。

 それを、オーガの首目掛けて一閃した。


『グォ!?』


 俺を目の前にしたオーガが、その眼を驚嘆に染める。


 しかし次の瞬間、ガキン……と、鉄と鉄がぶつかり合うような音が響く。


 言うまでもなく、弾かれた。

 その剛皮によって。

 渾身の一撃が。


 だが、それは予想通りだ。

 最初ハナから利くなんて思っていない。


「っ! (!)」


 俺は着地と同時に、オーガの背後へ回った。

 そして間髪置かず、


『!? ッ、グォオオオオ!!』


 それを見たオーガは、逃げるなァ! と言わんばかりに雄叫びを上げ、大地を踏み鳴らしながらこちらへ迫ってきた。


(かかったッ……!)


 俺は、逃げてなどいない。

 エイミから距離をおくための誘導。

 ただ、それだけだ。


 そして。


 小さくも可憐な声が、迷宮に反響した。


「─────っ」


 その声は震えていた。

 恐怖に、絶望に、苛まれている。


 だがそれでも尚、その奥底には決意を感じさせるナニカがあった。


「──《これを以て、世界かごは放たれる》」


 エイミは、この『魔法』が嫌いだった。

 ずっと真実を隠してきたエイミにとって、この魔法は自分を責めているような気がしたから。


 だがエイミは、生きるために使い続けた。

 使えば使うほど、自ら心の傷を抉っていったが、気にしないフリをし続けてきた。


 しかし、今は違う。


 自分のためでは無い。自分以外の誰かとある少女のために、魔法を行使する。


 たったそれだけで、救われたような気がした。

 というより、救われた。



 詠唱が、加速していく。


「《隠せ、真実を。汝は光。なんじは影》…!」


 オーガは、それに気づかない。


 メルを敵と思っているオーガには、今にもその首元に突き刺さろうとしているエイミの決意ナイフに気づけない。


 エイミは、自らの切り札くさりを解放した。


「──《リタズ・コリウム》」


 その瞬間。

 オーガの視界から、2人が


『!?』


 彼の顔が驚愕に染まる。


……本来ならば、エイミの魔法ではモンスターを欺くことは出来なかった。

 

 今まで、意味を込めず詠唱してきたエイミは、魔法の本質………、ということを知らなかった。


 だが、今回いまは違う。

 意味を噛み締め、それに逃げるのではなく、乗り越えた。

 エイミは意図せず、効果を昇華させたのである。


──そして。


 魔法が掛けられたのを感じた俺は、











代償スキル』の行使に、踏み切った。


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