第8話 とある義兄妹の話3 sideフィーネ

 手紙が届いてから3ヶ月。安全ルートで迂回するのではなく、Aランク魔境を突っ切ってきた私たちは早くも目的地に到着しようとしていた。


 その目的地とは、ガルドとシルの故郷のラクーンの集落である。


 もうそれも目前なのだが………


「ど、どうしようか。やっぱりこれ、迷いの森だよ」


 今、目の前に広がる森は、迷いの森と言われるちょっと変わった場所だった。昼だと言うのに森の中に光がみえないことで有名である。

 私も初めて訪れたのだが、その噂に違わず真っ暗で、少し……いや、かなり不気味だ。


 別に、迷って出られなくなるのではないのだが、何故か入り口に戻ってきてしまうのだ。


 森に道と呼べるものはない。しかしどこを通っても、元の場所に戻されてしまうという不思議な場所である。


 ただ、これは森そのものがおかしいのではなく、とある結界が張られていることが原因だとシルは言っていた。


 その結界は、ラクーン以外を森の集落に入れないようにする効果があるとのこと。


 村で、大婆様と呼ばれる250歳を越えたラクーンがこの結界を維持しているらしい。


 獣人の一般的な寿命は私たちヒューマンと変わらない筈なんだけど………


 そもそもラクーンという種族は私たちが3年前まで、一回も聞いたことがなかったほどの希少種族である。

 私たち以外に知ってる人はいないんじゃないだろうか?


 というかあの時は仕方が無かったとはいえ、こんな大事な情報を教えるなんて大丈夫なんだろうか。それほど信用してくれてるってことなんだろうけど。


「とにかく、入ってみようじゃないか! 噂通りならここは弱い魔物が時々入り込むだけでほとんど魔物もいないんだろう? 一回入って様子を見たって良いだろう!」


「まぁ、ローゼットが言うなら……」


「俺も賛成だ」


 皆の意見も一致した。私たちは恐る恐る森の中へ入っていった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一方その頃



「あなた。フィーネ達が来たみたい」


「もうか? 随分と早い。あと4ヶ月はかかるものと思っていたんだが…………全く準備が出来ていないし、それに集落の皆にも報告しなくてはならない。俺が迎えにいって一旦待ってもらおうか?」


「それは大丈夫よ。大婆様には既に伝えてあるし。あなたが迎えにいってる間に皆には伝えておくわ」


「………頼む。ではいってくる」


「はい、いってらっしゃい」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今のところ戻っている気配は無いな」


「う、うん」


 私はユーインに相槌を打つ。

 しかし、こうは言っているものの正直分からない。


 招待されたとはいえ、私たちは速すぎた可能性があった。パーティメンバーの赤ちゃんを見るためだけにAランク魔境を突っ切る冒険者なんて私たちくらいだろう。


「いっそ、大声を出してみるのはどうだ? 気付いてくれるかもしれないぞ?」


「ローゼット。それは止めた方が良いんじゃないかな。なんか嫌な予感がするよ」


「む、そうか。ならそう」


 うーん。否定してしまったが、どうするべきだろう。


 最悪大声で呼ぶのもありかもしれない。獣人は耳が良いらしいし、聞こえるかも。


 「やっぱり大声出してみ…………」


 その時、私のスキルの生命探知に異常なものが映った。


 かなりのスピードだ。それにこちらに一直線に向かってきている。


「八時の方向! 生命探知に反応あり!」


「「!?」」


 これに、真っ先に動いたのはローゼット。私たちを庇うように前に出る。


 ユーインは得物短刀を構えて待機。


 私は少し下がって後方で魔法の準備を整える。


 これが私たちの基本陣形。前までは5人だったのでもっとバリエーションがあったのだが、仕方がない。


 反応はもうすぐそこだ。私たちは警戒を最大にした。


 そのとき────


「久しぶりだな。折角迎えに来たのに、それがヒューマンの感謝の仕方か?」


「あっ!?」


 聞き覚えのある声が辺りに響く。

 忘れるわけもない。


 暗闇からその姿が徐々に露(あらわ)になってくる。その姿は紛れもなく、ガルドだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 集落に招かれた私たちを待っていたのは手厚い歓迎だった。いや、歓迎というよりも、珍しさが勝っていると思われる。


 敵意はないようだった。


 こんなに警戒しなくて大丈夫なんだろうか? と思えるほどには薄い。


「ここがラクーンの集落………本当にラクーンしか住んでいないのか」


 ユーインが言う。


 確かに、ラクーンしかいない。

 旅の関係で獣人国に行ったことがあるが、あそこには色んな獣人がいた。

 1種族だけ、というのは本当に珍しい。


 こんなに封鎖的だと、私たちに悪感情を抱いてもおかしくないのだが………


「皆がヒューマンに対して悪感情を抱かないのは、ここにいるヒューマンが皆のために日々働いているからだ。」


「え!? ここにヒューマンがいるの?」


「ああ、一人だがな。お前達と出会う前にちょっとあってな。保護してるんだ。今は前話した大婆様の元にいる」


「ふーん。そうなんだ」


 まだいろいろ聞きたかったが、あ! そんなことより………


「で、赤ちゃんは!?」


 そう、これが第一優先だ。まあ、赤ちゃんも十中八九ラクーンだろうが。


「そうだったな。家に連れていこう。シルと一緒にいる」


 こうして連れていかれたのは質素な家だった。

 お、おぉ、これは私の宿より酷いかも。


 ほとんど木組みだ。石は使われていない。


 雨が降ったとき大丈夫だろうか……


「ここだ。今から俺は人化を解く。娘にはまだ人化を見せていないからな。中にいるシルもだ」


「「「分かった」」」


 そういうとガルドの姿が変わっていく。身長はそのまま。だが、姿がラクーンと呼ばれる形になっていく。


 あっという間だった。


「では開けるぞ」


 ガルドがドアを開ける。と、そこにはイスに座っているラクーン姿のシルとその手に抱えられている、小さな生き物がいた。


それは、私たちに驚いている。


「か、かわいいぃ~」


 そう、可愛かった。守ってあげたくなるような小さな体。モフモフの尻尾。円(つぶら)な瞳。


 とにかく、可愛かった。


 赤ちゃんを抱かせてもらった。困惑しているのがまたかわいい。

 これは親に似てべっぴんさんになる。確信した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 あの後、積もりに積もった話をした。


「今日はありがとう。ほんとに来てくれるなんて………」


「当たり前じゃん! 私たちも2人の赤ちゃん見てみたかった ね? ローゼット達もそう思うでしょ?」


「ああ! もちろんだっ!」

「ああ、そうだな」


「ま、そういうこと!」



 話も温まってきた頃────


「そうだ、昔のこと話そうよ」


 ということになった。


「3年前だっけ。2人がその…………ラクーンだって分かったのは」


「そう、だな。俺達がパーティを組み始めてから一年の時だった」


 ガルドが、居ずらそうにして言う。


 そう、あのとき、番(つがい)のドラゴンと戦うことになっちゃって、攻撃を受けそうになった私をガルドが庇ったのだ。


 吹き飛ばされて意識を失ったガルドは人化が解けてしまっていた。それでこの2人がヒューマンじゃないってことが分かったのだ。


 急いでローゼットがガルドを担いで逃げて、何とか逃げ切った。


 その後2人はパーティを辞めようとしたけれど皆が止(と)めた。だって大切な仲間だし。


 確かに獣人に否定的なヒューマンもいるけど、全員がそうではないのだ。


 2人が人化を使っていた理由はこれだ。獣人はサリエス教の教えにより迫害されているのだ。

 全員が全員、迫害している、というわけでも無いんだけど。

 勿論獣人に友好的な人達もいるけど、差別する人がいる時点で間違っていると思う。


 だから、いつか私たちがランクSになって、世界に獣人と友好的な関係を結んだことを発表するのだ。そうすればサリエス教も無視はできない筈だ。


 それほどSランクというのは大きい。


 と、考えていると、ユーインが口を開く。


「この子にはどうさせるんだ? お前たちのように冒険させるのか───」

「それはダメだ。絶対にダメだ。断じてさせない」


 ちょっと食い気味だった。


「……え、えっと何故って聞いてもいい?」


「当たり前だろう。娘に危険なことをせさることはできない」


 昔のガルドからは想像も出来ない姿だった。


「アハハハ! これじゃ『怪力(サムソン)』の名が泣くねぇ」


「……………言うな」


「もしかしたら、パーティに戻ってきてくれるかも、と思っていたんだけど、こんなに娘に溺愛じゃあ、どうやら無理みたいだね」


「……すまない」


 ガルドが顔を赤くする。それがあまりにも面白くて笑った。

 こうして一睡もしないまま夜が明けた。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「じゃあ、私たちはもう出発するよ。ウルゾームの子供たちとも約束もしたし」


「ええ、またね」


「そうだ、今度は二年後に会いに行くよ。今度はゆっくり来たいしね」


「分かったわ。待ってる」


 こうして私たちは再開を果たし、別れたのだ。



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