愚策

豊崎信彦

第1話 愚策

「あと… 何にする~ 化粧品と香水… あと… お菓子‼」

今日も合宿免許に来ている学生達が買物に来た。ここ一ヶ月毎日十数人来ている。

自動車教習所の宿泊施設が徒歩一分の場所にあるからだ。


「いらっしゃいませ。お預かりします… こちら化粧品3,300円、香水5,500円、チョコレート150円… 以上、お買い上げ合計9,800円になります」

私はマスクとシールド越しに、ウンザリの溜息を混ぜて金額を伝えた。


「えええ… あと200円… どうする… 何か… もったいないよねぇ…」


「どうされます… 地域クーポンでは、お釣りは出ませんが…」


「んんん… じゃ… 4円のレジ袋50枚下さい」


「レジ袋50枚⁉ ですか…」


「それでちょうど10,000円… 地域クーポンで支払います」

彼女はスマホの画面を突き出した。


「…、はい… イチ、ニイ、サン…」

私はあっけにとられながら枚数を数え始めた。



「レシートになります。ありがとうございました…」

呆れて尻つぼみになってしまった。上辺だけの感謝の言葉。



「毎日毎日、いろんなのが来るなぁ… 今日はあんなの。今日の彼女は34,000円分持ってた… 税金を。 何万円も地域クーポン持っている学生… 日本全国どんだけいるんだ… 何千… 何万人…?」


「凄い人数なんでしょね… 全く‼」


「それにしても『事実は小説よりも奇なり…』だなぁ。レジ袋50枚とは… 何に使うんだぁ… ごみ入れしか使い道無いよなぁ…」

私はバイト仲間と力なく話した。


「確かに… 地域クーポンで買っていくのが、あんなのばっか… 昨日はタバコ3カートンだったし… 血税が学生のタバコ代… か… そのお蔭で、この店… 去年よりかなり売り上げがいいみたい… 地域クーポン様様よねぇ… でも、忙し過ぎて割りに合わなくなってきた」


「本業の旅行業界と真逆だぁ… Go Toのお蔭で少しづつ仕事が増えてきたけど… 

来年で閉じる旅行会社や観光関連業者がでそうだ。俺は幸か不幸か完全歩合にしたんで、収入が安定する一年ぐらい副業しようと思ってドラックストアーのバイトになったけど… まさか… こんなことになるとはなぁ…」

深い溜息が出た。同時に、改めて怒りがこみ上げた。


「何で‼ 納税していない奴らの免許取得を税金使って援護しなきゃいけないんだ… あほくさ… 旅行の営業している俺でさえもガッカリした」


「教習所は助かっているようだけど… でも、別の教習所に来た学生… 先月だったかなぁ… ウイルス持ってきたみたいだし…」


「売り上げをもたらし… ウイルスも… もたらす。やるなぁ… 学生諸君」


「確かに旅行観光業界もこの事業で救われている面もある… でも… まんべんなく恩恵が行き渡っていないし… うちの会社もさほど… 俺は当分バイトの副業… いや今は… 旅行の営業が副業だなぁ… 開き直るしかないなぁ… んんん…  いつまで続くんだぁ… こんな生活」


「旅行会社は、かなり良くなったと思ってた… まだまだ厳しいのねぇ…」


「ああ… 下手すると… あと一年駄目かもしんない… お蔭で、ここに来て間もなく二年になるから“登録販売者見習い”から正式な“登録販売者”になれそう… 皮肉だ‼」




「こんにちは」

前からの知り合いで、近くにある地域で一番大きな病院の事務職の人が買物に来た。


「あっ… どうも… 今日、出番でした…」

笑顔で話し掛けてくれた。


「今日も閉店まで頑張ります… 残念ながら。本業がこんなんですから…」


「コロナですか… 遅くまで大変ですねぇ… ここで会うということは… 旅行は多くないでしょうねぇ…」

深刻な表情で、同情して頂いた。


「でも… そちらもコロナで大変でしょう…」

私は、医療関係や福祉関係に務めている人たちが、かなり厳しい行動制限を受けていると小耳に挟んでいた。


「ええ… 春からどこにも行っていません… 飲み会すら無くなりました… 全く…それで今日は、家飲みの買い出しです… 久々に」

苦笑いに変わって答えてくれた。


「ですよねぇ… 何かあったら大問題になるかもしれないですしねぇ…」


「ええ… 旅行会社の人に申し訳ないですが… Go To止めて欲しい… こっちはどこにも行けない… 不公平だ…」

顔がマジで怖い。本当に怒っている。


「確かに… 今は別の形で業界を援護して、落ち着いて旅行に出かけられるようになったらGo Toすればいいのに… 経営者で無いからこんな言えますけど…」


「病院だけじゃなくて、老人介護施設の職員の人たち… 社会福祉に携わる人、みんな… 何処にも行けない… 不公平ですよ… ホント…」


「ですねぇ… 全くの愚策。愚策の極み。納税していない人が恩恵を受けて、必死で今世の中を支えている人たちには何にも無い。挙句に、何処に行ったか分からなくなったマスクを配る… 税金の無駄遣いにもほどがある…」

私は、怒りの火に油を注ぐような話題である合宿免許に来ている学生の話しまでは…さすがに出来なかった。



“コロナで最悪となっている業界、コロナで恩恵を受けている地方のドラックストアー、両方同時に身を置いている奇跡”…を喜ぼう”


「そう考えるしかない… 前向き、前向き… 愚痴るの、やー めー よぉー‼」




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愚策 豊崎信彦 @nobuhiko-shibata

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