一章 真っ赤な瞳
1
「おい、堺。こっちに来い。」
「はいっ。」
先輩刑事の竹内に呼ばれた堺寛人(ひろと)は、辺りをきょろきょろと眺めながら、急いで竹内の元に向かう。
堺は刑事になり5年経つが、管轄のこの地域は比較的治安も良く、滅多に大きな事件に出くわす事が無い。その為か、珍しいものに瞳を輝かせる子供のように落ち着きが無い。
「竹内さんどうしました?……っ!!」
ついさっきまでスキップでもし始めそうな雰囲気がさっと消え、口元に手を当て、ドアの開いた部屋の前で立ち止まった。
竹内は堺の様子を見て、なるべく視界から「ソレ」が見えなくなるよう近付き
「…だろうな。こっちに来てから悪い事じゃねぇが、暇持て余すくらいだったから昔の感覚が戻るまで多少時間がかかった。
まぁ話は後だ。スッキリするまで出して来い。」
顔色がおかしくなり始めていた境は、声を出す事も頷く事も出来ず廊下を走っていった。
遠くから嘔吐く声と心配する声…時折、我慢してたのか、嘔吐く声が重なる。
境は真面目で全てに全力。
竹内と組む事になった時も、部署全体に響き渡る程の挨拶を真横でされた時は、鼓膜と一緒にに平手が勝手に下がってる頭に飛んだ。
「ずっと刑事になりたくて、それが叶って嬉しいです!勿論何も起きない方がいいですが、事件の報道を見ると、何か違う·偏ってるとか思って推理始めてしまうんですよね。なら探偵か……」
初対面で初日に二度も頭を叩いたのは堺が初めてだった。
「長い。」
何だかんだと5年も一緒に行動しているが、全く熱意が変わらない事に竹内は己の中に燻っていた感情が戻り始めていた。
親子くらい歳ははなれている為、それが逆にいい方向へ動いているのだろう。
竹内望(みつる)は以前、関東圏の部署に居たが、移動で地方の現在の部署に来た。
全く異論は無かったが、同じ国であり新幹線でたった2時間程場所が変わるだけで、毎日の様にあった殺人や強盗、傷害事件が、あって数ヶ月に何度程度になり
当時組んでいた奴は「それが普通」と言わんばかりの態度で嫌気もあった。
事件や事故、それに生命が消えていく事が少ないに越したことはない。ただ、何度自問自答したかわからない。
犯罪も年々悪質かつ巧妙になり、数では少なくても中身を知れば知る程近いかそれ以上であり、頻繁でないことが逆に鮮明に記憶に残る。
「失礼しましたっ!」
走って戻って来た堺は頭を下げるが顔色は悪いまま。
ふっと笑いそうになるのを抑え、ドアの前で中の様子を見えないように
「スッキリしたか?お前の為にざっと手短に言う。それを頭に叩き込んでから中を見せる。
先ず、血だらけの女性が倒れてる。出血どころではなく血でカーペットはグチャグチャで内臓も一部飛び出している。気付いてる通り家もそうだが、室内はかなり異質で自殺とは言いきれない。顔色がかなり悪いままだが、お前のゲロで現場は汚せない。わかるか?」
堺の目をじっと見ていると何かが伝わってくる…
「竹内さん。見苦しい姿すいませんでしたっ!」
頭を下げる堺にまた殴りそうになるのを堪え
「堺、頼むから声量考えろ。」
「すみません!行きます!ただ、もう少し情報があれば下さい。」
目を見ながら軽く頷き
「女性は推定40代~60代。見た限り家族は居らず一人暮らし。近所の住民が、異変を感じ通報するが何年も付き合いは無い。死後2日程度で状態はいい。だが、さっきも言ったが室内の様子と傷の状態から、自殺とは言いきれないのが現状だ。」
「…わかりました。お願いします。」
頷くかわりに室内に入ると後ろから着いてくる足音が、鑑識の音の中で聞こえる。
その室内は、推定年齢と程遠い小学低学年くらいの部屋で、学習机の脇に赤いランドセルが掛かっており、小さめのベッドに本棚等可愛らしい色で統一されている。
だが…やはり、物自体が少な過ぎる
「ここだ。」
さっきからベチャッベチャッと不快な感触がカーペットから次第に強く伝わって来る。
今年は、寒さも厳しく冷凍庫にいるような感覚を振り払い、手を合わせて目を開けると
顔は血液の通わない真っ白さだが綺麗なまま。
40代~60代というより20代~30代前半位に見える程若々しい顔をしており混乱してくる。
そこから下を見ると、真っ赤でテカテカしか内臓が見える程のメッタ刺し…と言うより裂いたような直視出来ない状態。
「竹内さん…。」
「なんだ?」
「さっき「自殺とは言いきれない」って言いましたよね?自殺だとして、自分をここまでやれるものでしょうか?言葉は悪いですけど…切って刺してこんなやり方より痛みを減らす方法もあると思います。」
「割腹とかあるよな。あれも結局は腹を裂くわけだから物凄い痛み、それに尋常でない痛みがずっと続くわけだから…だが、それよりも今回のは酷い。躊躇ったら絶対に正気では出来ない。だから自殺とは言いきれない。
…それに、お前は気付いてたかわからんが、本棚を埋めつくしてるのは日記だそうだ。誰が書いたかまだわからないが、あの量からして何かありそうだから俺達が呼ばれたんだ。」
グラデーションに並べられた本棚は妙な異彩を放っていた
「時間はかかりそうですが読む意味はありますね。」
「ああ。」
堺は鑑識の者に了解を得ると、おもむろに一番端にあった赤いノートを取り、開いた。
○年3月20日
今日、近所の桜が満開になって、お花見に行った。
お母さんがお弁当作ってくれてみんなでお花見した。
私の知らない人もいたけど「まだ小さいからわからないだけよ」ってお母さん笑ってた。
明日学校でともだちに自慢したいな
でもあの人だれだろう?
お母さんのおともだち?親戚の人?
一緒に出かけるくらいだからおともだちかなぁ
まぁいっか
「堺、お前勘づいてるだろうが…それ全部見るからな。」
ざっと100冊以上…
これは全部この人が書いたんだろうか?
部屋を見渡す
こざっぱりしすぎてる部屋…何かまだある
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