僕をクズだと罵ってくれ
三郎
1話
不貞行為とは、配偶者がある者が自由な意思にもとづいて、配偶者以外の者と性的関係を結ぶこと。
ただし、同性愛行為はこれに該当しないとされている。
「いや…だからって…っ…!ちょっ…待って…」
僕は今、妻以外の人に押し倒されている。
妻以外の男性に。
「…
必死に抵抗する僕に彼は僕の名前を呼びながら囁く。「愛している」と。愛おしそうに、恋人に愛を囁くような優しい声で。
僕はその優しい声を知っている。忘れるわけがない。
「…これは不貞行為にはならない。不倫じゃない。浮気じゃない。罪にはならないんだ」
そう言いながら、彼は僕の唇を奪った。そしてそのまま、身体を優しく弄る。
「やだ…やめて…」
口ではそう言える。だけど、優しい声で名前を呼ばれると抵抗なんて出来なくなってしまう。
だって僕は…僕も彼を…
「真純…気持ちいい?」
「…」
せめてもの抵抗で、彼の質問には答えずに顔を逸らす。しかし無理矢理彼の方を向き直させられてしまう。目を合わせないように視線を逸らす。
「…俺を見てよ。真純」
彼は寂しそうにそう言う。
「…僕らはもう恋人じゃない」
「…でも、愛し合ってる」
「…君の片想いだ。僕が愛しているのは妻だけだ…っ…」
言葉ではそう言えたって、身体は正直だ。彼の優しい愛撫に身体は素直に反応してしまう。
「…奥さんとする時は、真純がリードしてあげてんの?」
「…そんなこと…聞くな…」
「そうか。お前、バリネコなのになぁ。頑張ってんだなぁ。…俺にもしてよ。いつも奥さんにするみたいに」
そういうと彼は手を止めてベッドに転がり両手を広げた。
「…君は…抱かれるのは嫌なんじゃないのか…」
「…真純ならいいよ。そのために慣らしてきた」
「なん…だよ…それ…」
ぐいっと僕を引き寄せ、彼は泣きそうな声で囁く。
「…俺のことも抱いてよ。真純」
僕は、その誘惑に耐えられなかった。
僕こと
彼こと
僕と光輝は、恋人同士だった。
彼は自分がゲイであることを隠さず堂々としていた。揶揄われたり、嫌悪の視線を向けられても、俺は何も悪いことをしていないと堂々としていた。
しかし、僕は自分がゲイであることを受け入れられず、異性愛者を装って生きていた。そんな自分が嫌いで、彼のことも嫌いだった。彼に対して『ゲイなんて気持ち悪い』と差別心剥き出しの言葉を投げかけたこともあった。彼を—ゲイを否定する言葉を彼に投げかけるたび、自分の放った言葉のナイフは自分にも突き刺さった。彼は僕の投げたナイフを全て受け止め『本当はお前も俺と同じなんだろ』と確信を突いてきた。否定できないでいると、彼は自分を傷つけた僕に『もう一人じゃないんだよ』と優しく声をかけて抱きしめてくれた。落ちないわけがなかった。
そうして僕らは付き合い始めた。周りには関係を明かさず、二人でひっそりと。
今日のように何度も身体を重ねた。彼はバリタチ——BLでいう攻めしか出来ない人で、僕はバリネコ——受けしかできない人だったから、組み合わせとしてはバッチリだった。
しかしある日、僕らの関係が大学で噂として広まった。僕は友人に問い詰められ咄嗟に『彼はゲイだけど僕は違う』と否定してしまった。なら証明しろと性風俗の店に連れて行かれ、僕はそこで初めて女性を抱いた。高いお金を払って、自分は女性を抱けないわけではないことを知ってしまった。しかし、バイセクシャルというわけではない。あくまでも恋愛対象は男性だ。どうせするなら男性とが良いのだ。
友人に風俗に連れて行かれたことは、彼には正直に話した。そして一方的に別れを告げた。彼は僕を責めずに『守れなくてごめん』と自分を責めた。はっきりと断れなかった僕を責めてくれた方がマシだった。
以降、僕は何人かの女性と付き合い、今の妻と結婚した。妻は性行為というものが苦手で、ほとんどしたがらない。本人曰く性欲そのものがほとんど無いらしい。結婚して一年経つが、妻のことは数えるほどしか抱いたことはない。妻は僕のことを、自分と同じように性欲があまり無い人だと思っており、僕もそういうことにしている。その方が都合が良いから。
妻には悪いが、僕が欲しかったのは既婚者という肩書きだけなのだ。子供も望まない、性行為もしたがらない彼女は、都合が良すぎた。だから籍を入れただけのことだ。
だけど愛していないわけではない。妻のことは一人の人として敬愛している。女性として、恋愛対象としての愛はないが、愛おしいとは感じているのだ。例えるなら可愛い妹のような存在だろうか。
「お前やっぱネコの方が向いてるわ」
タバコを灰皿に押し付けながら、彼は呟く。
結局僕は彼と再び関係を持ってしまった。優しく抱かれ、幸せを感じてしまった。初めて彼が僕のために抱かれる準備をしてくれたことを、あれだけ抱かれることを嫌がっていた彼が僕になら抱かれても良いと言ってくれたことを、嬉しく感じてしまった。
彼とは別れて以来ずっと会っていなかった。結婚式にも呼ばなかった。
しかし先日、彼が僕の勤める会社に転職してきたのだ。知り合いなら丁度いいじゃないかと、僕は彼の教育係を任されてしまった。左手薬指につけた指輪から結婚していることがバレてしまい、ゲイであることを妻にバラすと脅され家に連れてこられてしまった。
「…なぁ、奥さんどんな人?」
「…可愛い人。癒し系」
「セックスは?上手い?」
「…ノーコメント」
「…俺とするのとどっちが良かった?」
「…君とは二度としない」
「いいよ。その代わりバラすから。奥さんにも会社にも」
「…最低だな」
「お互い様だろ」と彼は自嘲するように笑う。そう。僕も最低だ。彼との行為で幸せを感じてしまっていたのだから。
「…俺は一生ゲイとして生きる。お前と違って世間体を気にして女を騙して籍を入れたりなんてしない」
「…彼女は僕を愛しているし、僕も彼女を愛している。winwinだよ」
「…そうかよ」
「…もう、帰って良いか?」
「…送るよ」
「…いい。一人で帰れる」
服を拾い上げ着直して彼の寝室を後にする。彼は追いかけては来なかった。
彼とはこれからほぼ毎日、会社で顔を合わせなければならない。そのことを考えると憂鬱で仕方ない。
「…ただいま、
「お帰りなさい。今日は遅かったですね。…お疲れですね」
「…うん。残業が長引いて。…こんな時間まで起きててくれてありがとう」
もう日付が変わっている。仕事が終わったのが6時。そこから移動時間を除けば、彼の家で過ごした時間は5時間ほどだろうか。
身体も心も酷く疲れている。明日明後日が休みなのがせめてもの救いだ。
「…優希さん」
妻の肩に頭を預ける。
「…会社で何かありましたか?」
「…うん…色々あって疲れた」
「じゃあもうベッド行きましょう。お風呂は明日の朝ゆっくり入ってください」
妻は何も聞かず、僕の頭を優しく撫でてからそのまま寝室まで連れて行って、隣で僕を抱きしめて添い寝をしてくれた。
その優しさが今の僕にはつらくて仕方なかった。
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